崩壊する鉄の檻
結界が砕ける音は、
雷鳴のように、監獄全体へ広がった。
それは、
ただの破壊音じゃない。
**“支配が壊れる音”**だった。
次の瞬間、
あちこちで警報が重なり始める。
一つ、二つではない。
十を超える警報が、
無秩序に鳴り響いた。
「……来たな」
グラムが低く呟く。
俺の頭の中には、
壊れた計算が、
それでも必死に“全体像”を描き出していた。
結界の連鎖遮断。
監視網の分断。
非常用制御の誤作動。
【暴動発生確率:九三%】
【収束不能】
「囚人が、動き出す」
俺が言った直後だった。
遠くから、
怒号が聞こえた。
鉄格子を叩く音。
何かを引き裂く音。
悲鳴と、笑い声が混ざった、
異様な歓声。
監獄は、
秩序を失った。
「……いい傾向じゃねぇな」
グラムが吐き捨てる。
「俺たちが消えるには、
最悪の舞台装置だが――
同時に、
最高の煙幕でもある」
俺は、
クロウの肩を支えながら、
次の分岐を睨む。
【左:巡回集中】
【右:暴動中心】
【直進:不明】
どれも、
安全とは言えない。
「……右だ」
俺は、
“いちばん危険そうな”未来を選んだ。
未来が壊れている以上、
安全そうに見える道ほど、
罠である可能性が高い。
俺たちは、
怒号と混乱の渦へ飛び込んだ。
囚人たちが、
雪崩のように押し寄せる。
「開けろ!
外に出せぇぇ!!」
拘束具を引きちぎり、
看守に飛びかかる者。
ただ無差別に、
壁を叩き続ける者。
自由に酔っている者と、
自由に怯えている者。
そのすべてが、
同じ通路に、
混在している。
「……地獄だな」
クロウが、
静かに呟いた。
「いや」
俺は、
はっきりと言った。
「檻の中の“本当の姿”だ」
次の瞬間。
暴動の向こう側で、
空気が、
急激に冷えた。
俺は、
その“冷え”を、
嫌というほど知っている。
「……ゼノンが、
暴動の中心に入った」
俺の言葉と同時に、
怒号の一部が、
不自然なほど、静かになった。
そこだけ、
嵐の目のように、
音が消えていく。
何が起きているのか、
想像するまでもない。
ゼノンは、
鎮圧しているのではない。
**“折っている”**のだ。
反抗心。
殺気。
混乱。
それらを、
片っ端から、
嗅ぎ取って、潰している。
「……あいつが来たら、
ここは通れなくなる」
グラムが、
焦りを隠さず言う。
そのとき――
通路の奥から、
軽い足音が響いた。
この混乱の中で、
不自然なほど軽い。
現れたのは――
リオルだった。
拘束は、解かれている。
顔には、かすり傷。
だが、
あの飄々とした目は、
まだ死んでいない。
「いやあ……
ちょっと、
乱暴に扱われた」
いつもの調子で言って、
俺たちを見た。
「……無事だったのか」
俺が言うと、
リオルは肩をすくめる。
「無事、とは言えないけどね」
その視線が、
暴動の“静かな中心”へ向いた。
ゼノンのいる方向だ。
「……あの人、
今、完全に“俺の匂い”を、
追い始めてる」
それはつまり――
俺たちから、
注意が、ほんの少しだけ逸れているということ。
「……リオル」
俺が、名前を呼ぶと、
リオルは、
わずかに笑った。
「分かってるよ」
そして、
あっさりと言った。
「ここは、僕が引き受ける」
その言葉に、
グラムが、
即座に反応した。
「正気か!」
「正気だよ」
リオルは、
冗談めいた口調のまま、
だが、目は、
真っ直ぐだった。
「今のまま進めば、
ゼノンは、
確実に君たちに追いつく」
「でも、
僕がここで派手に動けば――
あの人は、
“詐欺師の匂い”を、
追わずにいられない」
俺は、
新型腕輪の違和感を押さえながら、
必死に計算を回す。
だが――
答えは、
どれも、
“リオルが生き残る未来”を示さなかった。
「……やめろ」
俺は、
かすれた声で言った。
「それは、
“足止め”じゃない。
“捨て身”だ」
リオルは、
それを聞いて、
本当に楽しそうに笑った。
「詐欺師なんてさ、
最後はだいたい、
そんなもんだよ」
そして――
くるりと、
背を向けた。
「アルス」
振り返らずに、
言った。
「君はさ、
“外に出てから”も、
たくさん、
嘘を見破る仕事がある」
「だから――
今は、
僕の嘘に、
引っかかっててよ」
次の瞬間、
リオルは、
暴動の中心へ、
軽やかに走り出した。
あまりにも、
躊躇のない背中。
ゼノンの視線が、
確かに、
リオルの方へ向いたのが、
はっきりと分かった。
「……行け!」
グラムが、
俺とクロウの背中を押す。
俺は、
最後に一度だけ、
振り返った。
混乱の中、
リオルは、
わざと派手に、
看守を欺き、
囚人たちを煽っている。
そのすべてが――
**ゼノンの嗅覚に、
まっすぐ届く“匂い”**だ。
そして――
その先に、
ゼノンの影が、
ゆっくりと、
確実に近づいていく。
俺は、
歯を食いしばり、
振り返るのを、やめた。
今は――
前に進むしかない。
背後で、
金属が砕ける、
重い衝撃音が響いた。
その音は、
もう、
“戦闘”ではない。
“決着”の音だった。




