リオルの裏切り未遂
処分塔突入まで、残り一日。
監獄の空気は、
すでに“嵐の前”ではなかった。
嵐そのものが、
低く、確実に、内部から唸っている。
巡回は倍に増え、
結界の出力は上がり、
看守たちの目は、
露骨な“警戒”を帯びていた。
――嗅がれている。
それも、
かなり深いところまで。
「ねえ、アルス」
配管の影で、
リオルがいつもの調子で言った。
「ちょっと、
僕に任せてみない?」
グラムが、
すぐに睨む。
「何をする気だ」
「ちょっとした――
裏切りごっこだよ」
その言葉に、
俺の胸が、嫌な音を立てた。
「……やめろ」
「無理」
即答だった。
リオルは、
楽しそうに肩をすくめる。
「今の配置、今の警戒網、
このまま突っ込んだら、
処分塔の前で全滅する」
「だから――
ゼノンの注意を、
僕一人に集中させる」
「裏切ったフリをして、
全部、僕のせいにする」
グラムが、
低く唸った。
「ふざけるな。
そんな真似をしたら、
お前が――」
「捕まる」
リオルは、
あっさり言った。
「まあ、
“たぶん”ね」
その軽さに、
逆に、
嘘がなかった。
俺は、
新型腕輪の違和感を押さえながら、
リオルを見た。
「……成功率は?」
「さあ」
笑う。
「賭け事に、
確率なんて飾りでしょ」
その瞬間、
グラムが前に出た。
「アルス、止めろ」
俺は、
一歩も動かなかった。
止められないと、
もう分かっていた。
この詐欺師は、
“役が決まった瞬間に、
もう逃げない”。
「……リオル」
名前を呼ぶ。
「やるなら――
“中途半端”だけは、
やめろ」
リオルは、
少しだけ目を見開き、
それから、
本当に楽しそうに笑った。
「了解、賢者さま」
そのまま、
影の中へ、
軽い足取りで消えていった。
数時間後。
監獄の中央区画で、
警報が鳴り響いた。
結界の一部が“誤作動”を起こし、
看守の配置が、
一斉に組み替わる。
その中心で――
堂々と、
リオルの姿が現れていた。
看守たちに囲まれながら、
両手を上げて笑っている。
「いやあ、いやあ。
バレちゃったか」
わざとらしく、
軽い口調。
「全部、
僕が首謀者でさ」
「脱獄計画も、
クロウのことも、
全部、
“僕の仕業”ってわけ」
ざわめきが起こる。
その輪の外側に、
ゆっくりと歩いてくる影。
ゼノン・グレイブ。
「……ほう」
低い声。
「よく喋る詐欺師だな」
リオルは、
にっこり笑う。
「褒め言葉として、
受け取っておくよ」
ゼノンは、
しばらく無言で、
リオルを見つめた。
その視線は、
“尋問”でも“脅し”でもない。
“匂いを確かめる”目だ。
やがて、
ゼノンが、ぽつりと言った。
「……違うな」
リオルの笑顔が、
ほんの一瞬だけ、
固まった。
「お前は、
“主役”じゃない」
リオルは、
肩をすくめる。
「残念。
今日は主役気分だったんだけど」
「だが――
“詐欺師の匂い”は、
確かに、お前だ」
その言葉に、
リオルは、
小さく息を吐いた。
「……さすが、嗅覚の番人」
ゼノンは、
看守たちへ命じる。
「拘束しろ」
金属音。
リオルの両腕が、
背後で押さえつけられる。
それでも、
彼は、
こちら――
俺たちが潜む方向を、
一瞬だけ見た。
その視線に、
言葉はなかった。
だが、はっきりと伝わる。
――今のうちに、
動け。
次の瞬間、
ゼノンが、
ほんのわずかに、
眉をひそめた。
「……賢者が、
近くにいる」
その一言で、
背筋が、凍りついた。
リオルの裏切りは、
完全な成功でも、
完全な失敗でもなかった。
ただ一つ、
確実だったことがある。
――
ゼノンは、
リオルを“餌”と認識した。
そして、
次に狩るべき“本命”が、
誰であるかも。リオルの裏切り未遂




