処分塔前夜
それは、夜の見回りが一巡した直後だった。
房の外を通り過ぎる足音が、
いつもより少しだけ多い。
その“違和感”だけで、
胸の奥が、嫌な音を立てた。
やがて、
小さな金属音と共に、
リオルの影が、配管の隙間から滑り込んでくる。
「決まったよ」
囁く声は、軽い。
だが、その奥にある緊張は、はっきりと伝わった。
「……何がだ」
俺が聞くと、
リオルは一瞬だけ視線を伏せ、
それから、はっきりと言った。
「クロウの移送だ。
明日の夜、“処分塔”へ運ばれる」
その言葉が、
胸の奥に、冷たく落ちた。
明日。
残り、
一日もない。
超解析を回す。
だが、すぐに、新型腕輪の誤差が割り込んでくる。
移送ルート。
看守の数。
結界の強度。
どれも、
“正しそうな答え”と
“間違っていそうな答え”が、
同時に並ぶ。
「……完全な情報は?」
俺の問いに、
リオルは静かに首を振った。
「塔の直通路が使われるか、
地下搬送になるか――
そこまでは掴めなかった」
「……ゼノンは?」
「現場指揮は、
ほぼ確定で、あの人だ」
空気が、さらに重くなる。
俺は、
目を閉じ、
深く息を吸った。
明日の夜。
それは、
クロウにとっての“終わり”であり、
俺たちにとっての“始まり”になる。
「……グラムは」
「もう、動いてる」
リオルは短く答えた。
「通路の最終確認。
塞がれたルートの代替案。
使えそうな“逃げ道”は、全部洗い出してる」
俺は、
新型腕輪を、強く握った。
まだ壊れている。
まだ歪んでいる。
それでも――
考えないわけにはいかない。
「……救出と脱獄を、
同時にやるしかない」
リオルは、
少しだけ笑った。
「うん。
単純明快で、いい選択だ」
「明快、って言葉が、
一番似合わない状況だけどな」
俺の言葉に、
リオルは、肩をすくめる。
「追い詰められた賭けほど、
面白いものはない」
その言い方は、
いつもと変わらない。
けれど――
その軽さの奥で、
リオル自身も、
明日の夜が“戻れない賭け”であることを、
理解しているのが分かった。
リオルが、去り際に言った。
「アルス。
明日の夜は――
たぶん、君の“計算”だけじゃ足りない」
「……分かってる」
「だからさ」
小さく、だが、はっきりと。
「人の“意思”も、
ちゃんと数に入れといてよ」
そう言い残し、
影は、静かに消えた。
房に、再び静寂が戻る。
だが、その静寂は、
もう“何も起きない夜”のものではなかった。
明日は、
クロウの処分の日。
そして――
俺たちが、
この檻に真正面から刃を突き立てる夜だ。
新型腕輪の重さが、
やけに現実的に、腕にのしかかっていた。
それでも俺は、
目を閉じなかった。
この夜は、
眠るための夜じゃない。
選ぶための夜だ。




