歪んだ再計算
その夜、
房の闇は、いつもより重く感じられた。
クロウの名前。
処分リスト。
残り、三日。
その三つの言葉が、
頭の中で、何度も反響する。
俺は、寝台の縁に腰を下ろし、
新型の腕輪を見つめた。
黒い金属。
外見は、以前とほとんど変わらない。
だが――
中身は、完全に別物だ。
超解析を、回す。
地下から処分塔までの最短距離。
巡回の隙間。
結界の干渉角度。
数字が、浮かぶ。
だが、
必ず、その横に“別の数字”が並ぶ。
【成功率:六五%】
【成功率:一九%】
【成功率:七九%】
どれもが、
“本物らしい顔”をしている。
「……ふざけるな」
低く呟いた瞬間、
頭の奥で、
ぎぃ、と嫌な音が鳴った。
考えるほど、
壊されていく。
それでも――
考えない、という選択肢だけは、
最初から存在していない。
小さな音がした。
配管の向こう側。
影が、ひとつ、滑り込んでくる。
リオルだ。
「いやあ……
顔、ひっどいね」
軽口は、
いつもと同じ。
だが、
俺の前に座り込んだ瞬間、
その声から、
ほんの少しだけ、冗談の色が抜けた。
「……再計算、してる顔だ」
「してるさ」
俺は、正直に答えた。
「だが、もう“完璧”は出ない」
リオルは、
小さく鼻で笑う。
「だったらさ、
最初から“外れる前提”で組めばいい」
「……前は、
外れない前提だった」
「知ってる」
リオルは、
床に手をついて、
少しだけ前に乗り出した。
「でも今は違う。
君の計算は“神様”じゃなくなった」
「……言い方がひどいな」
「褒めてるんだよ」
俺は、
顔を上げた。
「どういう意味だ」
リオルは、
楽しそうに肩をすくめた。
「人間らしくなった、って意味」
その言葉に、
なぜか、胸の奥が、少しだけ軽くなった。
「外れるなら、
外れる“余白”を作ればいい」
「二重、三重に罠を張って、
どれか一つが当たればいい」
「……確率を、
“積み重ねる”ってわけか」
「そうそう」
リオルは、
指を鳴らした。
「君は、
一撃必中の狙撃手じゃなくなった」
「でも代わりに、
外れても外れても、
次が出せるギャンブラーになった」
その例えは、
妙にしっくりきた。
俺は、
新型腕輪に縛られたまま、
もう一度、未来を覗く。
助かる未来。
失敗する未来。
死ぬ未来。
どれもが、
同時に、確からしく存在している。
だが――
その“全部”の中に、
たった一つだけ、
クロウが生きて外にいる線が、確かにあった。
「……この線を、拾う」
俺がそう言うと、
リオルは、
静かに笑った。
「いいね。
それが、今の君らしい」
配管の奥から、
重い足音が近づいてくる。
グラムだ。
「……状況は?」
低い声。
俺は、
はっきりと答えた。
「完璧じゃない」
「成功率は、
下手をすれば、半分を切る」
グラムは、
短く鼻を鳴らした。
「上等だ」
「最初から、
百パーなんて、信じてねぇ」
そして、
俺の腕輪を一瞥する。
「それで――
クロウは、助けられるんだな」
俺は、
一瞬だけ、迷い――
それから、頷いた。
「可能性は、ある」
グラムは、
それだけで、十分だと言わんばかりに、
背を向けた。
「なら、やるだけだ」
足音が、遠ざかる。
房の中に、
再び、俺とリオルだけが残った。
「……覚悟、決まった?」
リオルが、
軽い声で聞く。
俺は、
新型腕輪の重さを感じながら、
ゆっくりと息を吐いた。
「決まった」
もう、
確率にすがる戦いじゃない。
誤差を抱え、
外れる未来を抱えたまま、
それでも――
進む戦いだ。
壊れた計算で、
歪んだ未来を選び取る。
それが、
今の俺のやり方だった。




