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『超解析の賢者は、難攻不落の鋼鉄の檻(アイゼン・ケージ)で自由を計算する』  作者: 済美 凛


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嗅覚の番人

鋼鉄の檻に放り込まれた翌朝、

 俺は“音”で目を覚ました。


 ――カン。


 固く、短い金属音。

 警棒が床を叩く、監獄特有の合図だ。


 続いて、鉄格子の向こうを

 無数の足音が一斉に流れていく。


 整列。

 点呼。

 そして――

 選別の時間。



「新入り、出ろ」


 看守に名前すら呼ばれず、

 俺は通路へ引きずり出された。


 周囲には、

 俺と同じ“初日組”が五人。


 誰一人として、

 まともに顔を上げられる者はいない。


 重たい沈黙が、

 点呼場を支配していた。



「……なるほど」


 そこで、初めてその声を聞いた。


 低く、静かで、

 感情の揺れが一切ない声。


 だが――

 なぜか、背筋が凍るような感覚だけが、

 一瞬で駆け抜けた。



「これが、例の“賢者”か」


 視線が向けられる。


 ゆっくりと、

 黒い長外套を揺らしながら歩いてきた男。


 年齢は三十代後半ほど。

 表情は冷静そのもの。


 だが、その目だけが違った。


 人を見る目じゃない。

 ――獲物を見る目だ。



「副看守長、ゼノン・グレイブだ」


 看守が、そう紹介する。


 その名を聞いた瞬間、

 周囲の囚人たちの空気が、

 目に見えて沈んだ。



「……妙だな」


 ゼノンは、俺の目の前に立ち、

 ゆっくりと首を傾げた。


「記録上は、爆殺犯」


「だが、匂いが違う」


 ――匂い?



「恐怖、憎悪、諦観、虚無……」


 淡々とした口調で、

 囚人たちの前を歩く。


「ほとんどの犯罪者は、

 このどれかの匂いを、必ず纏っている」


 そして、俺の前で止まった。



「だが、お前からは――」


 鼻先が、

 ほんのわずかに近づく。


「“静かすぎる”」


 その瞬間、

 全身に冷たいものが走った。



「怯えていない」

「怒ってもいない」

「自分を正当化もしていない」


 ゼノンは、

 俺の内側を、覗くように見つめる。


「……まるで、

 “この状況をすでに理解している者”の匂いだ」



「俺は無実だ」


 そう言うと、

 ゼノンは、初めて僅かに口角を上げた。


「それは、

 “俺が決めることじゃない”」



 次の瞬間。


 警棒が、俺の腹に叩き込まれた。



 息が潰れ、

 膝から崩れ落ちる。


 だが、ゼノンは一切の感情も見せず、

 ただ一言だけ言った。


「ここは“無実”で生き残れる場所じゃない」



「生きたければ、

 “囚人の匂い”を身につけろ」


 そう言って、

 何事もなかったかのように背を向ける。



 倒れ込む俺の横で、

 他の囚人たちは、

 一切声を上げなかった。


 叫ぶ者も、

 抗議する者もいない。


 それが、

 この監獄の“正しさ”だった。



 点呼が終わり、

 俺は再び、独房へ戻された。


 内臓が、痛む。

 呼吸が、浅い。


 だが、それ以上に痛んだのは――

 ゼノンという存在が、

 「計算不能」だと理解してしまったことだった。



(……あの男は、理屈じゃない)


 解析できない。

 予測できない。

 だが、確実に“嗅ぎ分ける”。


 それは、

 俺の“超解析”とは正反対の能力。


 本能だけで、真実に近づく怪物。



 その夜。


 鉄格子越しに、

 誰かが、低く囁いた。


「……目、つけられたな。新入り」


「誰だ」


「気にするな。ただの囚人だ」


 わずかな気配だけが、

 闇の向こうに残る。



「忠告しとく」


 その声は、

 ひどく静かだった。


「ゼノンに嗅がれたら、

 ここでは終わりだ」


 そう言って、気配は消えた。



 俺は、暗闇の中で目を閉じた。


 冤罪。

 封じられた能力。

 そして、

 “嗅覚の番人”ゼノン・グレイブ。


 この監獄で、

 最も危険なのは、結界でも鉄格子でもない。


 ――あの男だ。


 そう、はっきりと理解した夜だった。


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