運命の詐欺師
夕方の配給所は、いつもより騒がしかった。
些細なことで言い争いが起き、看守の警棒が床を叩く音がやけに響く。
その騒ぎの少し外れた場所で、
リオルは、いつもと変わらない調子で壁にもたれていた。
軽い笑顔。
緊張感の欠片もない立ち姿。
だが、あれは“緊張していない”んじゃない。
“緊張しているように見せない”だけだ。
「……お前、本当に怖くないのか」
俺がそう言うと、
リオルは少しだけ目を丸くしてから、すぐに笑った。
「何が?」
「ゼノンに完全に嗅がれてる。
クロウもやられた。
次は――俺たちかもしれない」
リオルは肩をすくめた。
「そりゃ怖いさ。
でもね、怖いからって動かないのは、僕の流儀じゃない」
俺は一歩近づく。
「お前は、どうしてそこまでして脱獄に付き合う」
リオルは一瞬だけ視線を泳がせ、
それから、いつもの軽さで言った。
「簡単だろ?」
にやりと口角を上げる。
「難攻不落なら、突破してみたくなるのが“漢”ってもんだ」
あまりに軽すぎる答えだった。
「……それが本音か?」
俺が問うと、
リオルは少しだけ首を傾げた。
「さあね。
本音なんて、簡単に見せるものじゃない」
その笑顔は、いつもと同じ。
だが、どこかだけが、はっきりと“嘘”だった。
「クロウは“精算”だ。
グラムは“帰る場所”だ。
お前は、何なんだ」
俺の言葉に、リオルは一瞬だけ黙った。
ほんの、心臓が一拍打つほどの間。
それから――
「運命、かな」
冗談めいた声。
「詐欺師ってのはね、
いつも運命を相手に博打を打つ生き物なんだ」
それ以上は語らない。
掘り下げようとすれば、するりと逃げる。
それが、リオルだ。
「アルス」
珍しく、俺の名を呼んだ。
「一つだけ言っておくよ」
「僕はね、
勝てる賭けしかしない主義じゃない」
「負けると分かってる賭けにも、
ときどき、全額突っ込む」
その言葉の意味が、
この時の俺には、まだ分からなかった。
「……それで、後悔は?」
俺が尋ねると、
リオルは少しだけ真剣な顔になった。
「さあ?」
すぐに、また笑う。
「後悔なんて、
してる暇があったら、次の手を考えるさ」
それが、
運命の詐欺師の生き方だった。
その日の夜。
房に戻った俺は、眠れずに天井を見つめていた。
クロウは“精算”へ。
グラムは“帰る場所”へ。
そして――リオルは、“賭け”の中へ。
この時点で、
誰もまだ知らない。
この詐欺師が、
最後に“いちばん重い賭け”に出ることを。




