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『超解析の賢者は、難攻不落の鋼鉄の檻(アイゼン・ケージ)で自由を計算する』  作者: 済美 凛


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11/30

精算という名の帰路

クロウが連れて行かれた翌朝、作業場の空気は明らかに重かった。

 誰も余計な音を立てず、誰も視線を交わさない。まるで最初から、クロウなんて存在しなかったかのように。


 俺は工具箱を運びながら、無意識に背後を何度も確認していた。

 影がない。気配がない。

 いつも半歩後ろにいた“沈黙”だけが、ぽっかり抜け落ちている。


 「……独りか?」

 低い声に振り向くと、グラムが立っていた。


 「クロウは?」

 分かっている。もう戻らないことぐらい。


 グラムはほんの一瞬だけ目を伏せ、「……戻らねぇ」と答えた。



 昼休憩。

 俺は資材置き場の奥、半ば物置になっている薄暗い小部屋にいた。クロウがよく立っていた影の位置が、そのまま残っている。


 「……来たか」

 影の中から、聞き覚えのある声がした。


 反射的に顔を上げる。

 そこに――クロウが立っていた。


 右腕には簡易的な包帯。顔色は悪いが、意識ははっきりしている。生きている。それだけで喉が詰まった。


 「……どうやってここに?」

 「見回りの隙を、少し借りた。時間はない」


 クロウは俺をまっすぐ見て言った。


 「お前にだけ、話す」


 その一言で分かった。

 これは“別れ”の形だ。


 「俺は……外で精算する」


 「精算?」

 言葉の意味が掴めない。


 「借りた命も、奪った命もある。この中で息を潜めていたところで、帳尻は合わない」


 初めてクロウが自分の過去に触れた瞬間だった。

 だが詳細は語らない。必要なことだけを告げる男だ。


 「……だから脱獄に?」

 「違う」


 即答。


 「脱獄は“手段”。精算は“外に出てから”だ」


 その言い方は、後悔でも願いでもなかった。

 もう既に“決めている人間”の答えだ。


 遠くで足音が近づく。休憩終了の合図。


 「そろそろ戻る」

 クロウが影へ向かう。


 「クロウ」

 思わず呼び止めた。


 「まだ、何も終わっていないだろ」


 クロウは背中を向けたまま、静かに言った。


 「だからこそ、終わらせに行くんだ」


 そのまま、闇に溶けるように消えた。



 俺はしばらくその場から動けなかった。


 この時点で、

 俺はまだ知らない。


 クロウが “処分対象” になっていることを。


 そして――

 あの男はもう、自分の中で

 “帰る場所”を捨てていることにも。


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