精算という名の帰路
クロウが連れて行かれた翌朝、作業場の空気は明らかに重かった。
誰も余計な音を立てず、誰も視線を交わさない。まるで最初から、クロウなんて存在しなかったかのように。
俺は工具箱を運びながら、無意識に背後を何度も確認していた。
影がない。気配がない。
いつも半歩後ろにいた“沈黙”だけが、ぽっかり抜け落ちている。
「……独りか?」
低い声に振り向くと、グラムが立っていた。
「クロウは?」
分かっている。もう戻らないことぐらい。
グラムはほんの一瞬だけ目を伏せ、「……戻らねぇ」と答えた。
◇
昼休憩。
俺は資材置き場の奥、半ば物置になっている薄暗い小部屋にいた。クロウがよく立っていた影の位置が、そのまま残っている。
「……来たか」
影の中から、聞き覚えのある声がした。
反射的に顔を上げる。
そこに――クロウが立っていた。
右腕には簡易的な包帯。顔色は悪いが、意識ははっきりしている。生きている。それだけで喉が詰まった。
「……どうやってここに?」
「見回りの隙を、少し借りた。時間はない」
クロウは俺をまっすぐ見て言った。
「お前にだけ、話す」
その一言で分かった。
これは“別れ”の形だ。
「俺は……外で精算する」
「精算?」
言葉の意味が掴めない。
「借りた命も、奪った命もある。この中で息を潜めていたところで、帳尻は合わない」
初めてクロウが自分の過去に触れた瞬間だった。
だが詳細は語らない。必要なことだけを告げる男だ。
「……だから脱獄に?」
「違う」
即答。
「脱獄は“手段”。精算は“外に出てから”だ」
その言い方は、後悔でも願いでもなかった。
もう既に“決めている人間”の答えだ。
遠くで足音が近づく。休憩終了の合図。
「そろそろ戻る」
クロウが影へ向かう。
「クロウ」
思わず呼び止めた。
「まだ、何も終わっていないだろ」
クロウは背中を向けたまま、静かに言った。
「だからこそ、終わらせに行くんだ」
そのまま、闇に溶けるように消えた。
◇
俺はしばらくその場から動けなかった。
この時点で、
俺はまだ知らない。
クロウが “処分対象” になっていることを。
そして――
あの男はもう、自分の中で
“帰る場所”を捨てていることにも。




