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『超解析の賢者は、難攻不落の鋼鉄の檻(アイゼン・ケージ)で自由を計算する』  作者: 済美 凛


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分断

その夜、俺たちは――

 二つ目の解除パーツを取りに行く計画を実行に移していた。


 まず全員、自分の房へ戻る。

 そして、夜の準備。


 寝台の上には、

 丸めた布と衣服を重ねて作った人型のダミー。


 暗がりなら、

 眠っている囚人と見分けはつかない。


 これがなければ、

 夜に房を抜け出すことはできない。



 三巡目の巡回。


 ——カン。

 ——カン。

 ——カン。


 この音が、合図だった。


 俺、クロウ、リオル。

 三人は、それぞれ別の房から、

 通路ではなく、配管と壁の隙間へ滑り込んだ。


 人が通る想定のない裏側。

 鉄管の内側は冷たく、

 外の足音が歪んで反響する。


 目的地は、

 中央資材塔・地下二層。


 二つ目の解除パーツが眠っている場所。



 だが、途中で、

 空気が変わった。


 配管越しに伝わってくる足音が、

 いつもより多い。

 しかも、妙に重い。


(……おかしい)


 そう思った、その瞬間――


 壁一枚向こうの足音が、ぴたりと止まった。



 誰かが、そこに立っている。


 姿は見えない。

 だが、

 “止まった”という事実だけが、

 はっきりと伝わる。



「……来た」


 クロウの声が、

 息だけで届いた。


 次の瞬間。


 ――ガッ。


 壁越しに、

 警棒が床を叩く音。


 低く、静かな声が響く。


「この辺りの空気が、濁っている」


 間違いない。


 ゼノンだ。



 壁一枚隔てたこちら側を、

 理屈ではなく“違和感”だけで嗅ぎ当てている。


 証拠もない。

 姿も見えていない。


 それでも――

 俺たちが、ここにいると確信している。



「散れッ!」


 クロウの合図と同時に、

 三人は、別々の隙間へ一斉に逃げた。


 俺は左の排水管へ。

 リオルは上の換気管へ。

 クロウは、あえてゼノンの正面側へ続く壁裏へ。


 完全な分断。



 俺は排水管の中を這うように進み、

 壁の裂け目から別の通路へ転がり出た。


 心臓の音が、やけに大きい。


(……どっちを追った?)


 俺か。

 リオルか。

 それとも――クロウか。



 曲がり角の影。


 そこで、

 血が落ちる音がした。


 ぽたり……ぽたり……


 現れたのは――

 右腕を押さえ、血を流しているクロウだった。


「……壁ごしに、叩かれた」


 声は低い。

 呼吸は乱れていない。


 致命傷ではない。

 だが、武器を振るうには確実に支障が出る。


 床に、静かに血が落ちる。



「行け……まだ終わってねぇ」


 クロウは左腕だけで壁を伝い、

 再び影の中へ進もうとする。


 その瞬間――


 ――ウウウウウ……!


 遠くで、

 警報が鳴り始めた。



「おーい!

 そろそろ気づいてくれたかな!」


 換気管の奥から、

 リオルの軽い声が響いた。


 わざと警報機を作動させ、

 看守の注意をすべてそちらへ引きつけたのだ。



 この混乱の裏で、

 俺とクロウは資材塔の死角へ潜り込む。


 結界補修用の廃材箱。

 その最奥で――


 二つ目の解除パーツを、確かに手に入れた。



 夜明け前。


 俺たちは、それぞれの房へ戻った。


 寝台のダミーを崩し、

 何事もなかったように横になる。


 この夜は――

 誰も捕まらなかった。

 誰も連れて行かれなかった。

 そして、確かに“成果”も得た。



 だが、それは錯覚だった。


 その翌日――

 作業場へ向かう通路で、


 本当の“分断”が、始まる。



 クロウは、

 俺の少し後ろを歩いていた。


 だが、その距離が――

 命取りだった。



 空気が裂けた。


 警棒の風切り音。

 金属と肉がぶつかる鈍い衝撃。


 クロウの身体が、

 横殴りに吹き飛ばされる。



「……やはり、いたか」


 黒い外套が、視界を塞いだ。


 ――ゼノン。


 いつから、そこにいたのか。

 どうやって、回り込んだのか。


 分からない。


 だが、

 ここにいるという事実だけが、すべてだった。



 クロウは床に転がり、

 低く息を漏らしている。


 右腕の傷が、

 さらに深く裂けた。



「連れて行け」


 ゼノンの一声で、

 看守たちが一斉に動く。


 クロウの両腕が掴まれ、

 床を引きずられていく。



「待て!」


 思わず、声が出た。


 ゼノンが、

 わずかに首だけをこちらへ向ける。



「まだ“処分”には早い」


 淡々とした声。


「だが――」


 その目が、細くなる。


「次は、逃がさない」



 それは脅しではなかった。

 予定の宣告だった。



 クロウは、

 最後までこちらを見なかった。


 仲間の顔も、

 俺の顔も。


 ただ、

 引きずられながら、

 短く息を吐いただけだった。



 夕方。


 グラムは、

 何も言わずに金槌を振り続けていた。


 いつもより、少しだけ強く。



 リオルは、

 珍しく冗談を言わなかった。


 通路の影で、

 目を細めて、

 ただ一言だけ言った。


「……完全に嗅がれたね」



 その夜、

 房に戻った俺は、眠れなかった。


 クロウは今どこにいるのか。

 生きているのか。

 意識はあるのか。


 そして――

 次に狙われるのは、誰なのか。



 俺は、

 両腕の魔力封印腕輪を見下ろした。


 まだ、外れない。

 まだ、何も変わらない。


 だが、

 確実に一つだけ、変わったことがある。


 それは――

 もう、“逃げる猶予”は残っていないという事実だ。



 クロウが倒れたこの瞬間、

 脱獄は「計画」から――

 「時間切れの現実」へと変わった。



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