分断
その夜、俺たちは――
二つ目の解除パーツを取りに行く計画を実行に移していた。
まず全員、自分の房へ戻る。
そして、夜の準備。
寝台の上には、
丸めた布と衣服を重ねて作った人型のダミー。
暗がりなら、
眠っている囚人と見分けはつかない。
これがなければ、
夜に房を抜け出すことはできない。
◆
三巡目の巡回。
——カン。
——カン。
——カン。
この音が、合図だった。
俺、クロウ、リオル。
三人は、それぞれ別の房から、
通路ではなく、配管と壁の隙間へ滑り込んだ。
人が通る想定のない裏側。
鉄管の内側は冷たく、
外の足音が歪んで反響する。
目的地は、
中央資材塔・地下二層。
二つ目の解除パーツが眠っている場所。
◆
だが、途中で、
空気が変わった。
配管越しに伝わってくる足音が、
いつもより多い。
しかも、妙に重い。
(……おかしい)
そう思った、その瞬間――
壁一枚向こうの足音が、ぴたりと止まった。
◆
誰かが、そこに立っている。
姿は見えない。
だが、
“止まった”という事実だけが、
はっきりと伝わる。
◆
「……来た」
クロウの声が、
息だけで届いた。
次の瞬間。
――ガッ。
壁越しに、
警棒が床を叩く音。
低く、静かな声が響く。
「この辺りの空気が、濁っている」
間違いない。
ゼノンだ。
◆
壁一枚隔てたこちら側を、
理屈ではなく“違和感”だけで嗅ぎ当てている。
証拠もない。
姿も見えていない。
それでも――
俺たちが、ここにいると確信している。
◆
「散れッ!」
クロウの合図と同時に、
三人は、別々の隙間へ一斉に逃げた。
俺は左の排水管へ。
リオルは上の換気管へ。
クロウは、あえてゼノンの正面側へ続く壁裏へ。
完全な分断。
◆
俺は排水管の中を這うように進み、
壁の裂け目から別の通路へ転がり出た。
心臓の音が、やけに大きい。
(……どっちを追った?)
俺か。
リオルか。
それとも――クロウか。
◆
曲がり角の影。
そこで、
血が落ちる音がした。
ぽたり……ぽたり……
現れたのは――
右腕を押さえ、血を流しているクロウだった。
「……壁ごしに、叩かれた」
声は低い。
呼吸は乱れていない。
致命傷ではない。
だが、武器を振るうには確実に支障が出る。
床に、静かに血が落ちる。
◆
「行け……まだ終わってねぇ」
クロウは左腕だけで壁を伝い、
再び影の中へ進もうとする。
その瞬間――
――ウウウウウ……!
遠くで、
警報が鳴り始めた。
◆
「おーい!
そろそろ気づいてくれたかな!」
換気管の奥から、
リオルの軽い声が響いた。
わざと警報機を作動させ、
看守の注意をすべてそちらへ引きつけたのだ。
◆
この混乱の裏で、
俺とクロウは資材塔の死角へ潜り込む。
結界補修用の廃材箱。
その最奥で――
二つ目の解除パーツを、確かに手に入れた。
◆
夜明け前。
俺たちは、それぞれの房へ戻った。
寝台のダミーを崩し、
何事もなかったように横になる。
この夜は――
誰も捕まらなかった。
誰も連れて行かれなかった。
そして、確かに“成果”も得た。
◆
だが、それは錯覚だった。
その翌日――
作業場へ向かう通路で、
本当の“分断”が、始まる。
◆
クロウは、
俺の少し後ろを歩いていた。
だが、その距離が――
命取りだった。
◆
空気が裂けた。
警棒の風切り音。
金属と肉がぶつかる鈍い衝撃。
クロウの身体が、
横殴りに吹き飛ばされる。
◆
「……やはり、いたか」
黒い外套が、視界を塞いだ。
――ゼノン。
いつから、そこにいたのか。
どうやって、回り込んだのか。
分からない。
だが、
ここにいるという事実だけが、すべてだった。
◆
クロウは床に転がり、
低く息を漏らしている。
右腕の傷が、
さらに深く裂けた。
◆
「連れて行け」
ゼノンの一声で、
看守たちが一斉に動く。
クロウの両腕が掴まれ、
床を引きずられていく。
◆
「待て!」
思わず、声が出た。
ゼノンが、
わずかに首だけをこちらへ向ける。
◆
「まだ“処分”には早い」
淡々とした声。
「だが――」
その目が、細くなる。
「次は、逃がさない」
◆
それは脅しではなかった。
予定の宣告だった。
◆
クロウは、
最後までこちらを見なかった。
仲間の顔も、
俺の顔も。
ただ、
引きずられながら、
短く息を吐いただけだった。
◆
夕方。
グラムは、
何も言わずに金槌を振り続けていた。
いつもより、少しだけ強く。
◆
リオルは、
珍しく冗談を言わなかった。
通路の影で、
目を細めて、
ただ一言だけ言った。
「……完全に嗅がれたね」
◆
その夜、
房に戻った俺は、眠れなかった。
クロウは今どこにいるのか。
生きているのか。
意識はあるのか。
そして――
次に狙われるのは、誰なのか。
◆
俺は、
両腕の魔力封印腕輪を見下ろした。
まだ、外れない。
まだ、何も変わらない。
だが、
確実に一つだけ、変わったことがある。
それは――
もう、“逃げる猶予”は残っていないという事実だ。
◆
クロウが倒れたこの瞬間、
脱獄は「計画」から――
「時間切れの現実」へと変わった。




