鋼鉄の檻へ
世界は、常に“数字”でできていた。
人の動き。
感情の揺れ。
偶然と呼ばれる出来事。
それらすべてが、
俺――アルス・クレイドルの目には、
計算可能な情報の集合体として映っていた。
生まれつき備わった異能。
『超解析』。
物理、魔法、人間心理、確率。
あらゆる現象を光速で演算し、
“最適解”だけを導き出す、
異常なまでの思考能力。
俺はそれで、生き延びてきた。
少なくとも――
この日までは。
◆
「アルス・クレイドル。
貴様を“王都魔術院爆破事件”の首謀者として拘束する」
剣を突きつけられた瞬間、
俺の世界は、完全に静止した。
「……待て。
俺はそんなこと、していない」
言い逃れではない。
本当に、やっていない。
だが――
「証拠はすでに揃っている」
そう言って差し出されたのは、
俺の魔力波形と“完全に一致する爆発残留反応”だった。
あり得ない。
俺は、
あの場所にすら、近づいていない。
だが、
“数字が示す事実”だけが、
すべてを押し潰した。
◆
その場で、
俺は両腕を地面に押さえつけられ、
黒い金属製の腕輪を、強制的にはめられた。
――その瞬間。
頭の中から、
“数式”が消えた。
思考はできる。
判断もできる。
だが――
あの異様なまでの解析感覚だけが、完全に遮断された。
「な……に、を……」
「“魔力封印の腕輪”だ」
看守が淡々と言う。
「思考型魔術師、賢者系能力者専用の拘束具」
つまり――
俺は、その時点で
**“賢者ではなくなった”**ということだ。
◆
連行された先で、
俺は初めて、その名を聞かされた。
「鋼鉄の檻」
王都地下に築かれた、
脱獄者ゼロの難攻不落監獄。
結界と物理装甲。
看守と自動迎撃。
そして、
“脱獄の発想そのもの”を砕く配置構造。
賢者も、戦士も、怪物も、
一度入ったら、二度と外には出られない。
それが、この監獄だった。
◆
重たい鉄扉が、
俺の背後で閉じられる。
――ガァン。
世界から、音が消えたように感じた。
◆
狭い房。
冷たい床。
鉄格子の向こうの、暗闇。
俺は、座り込んだまま、
何度も、両腕の腕輪を見つめた。
(……解析できない)
魔力は流れない。
確率も見えない。
未来も読めない。
俺は今、
ただの、無力な囚人だった。
◆
だが――
(冤罪だ)
それだけは、
どれだけ計算できなくても、
はっきりしている。
俺は、罪を犯していない。
そして、
この監獄に入った以上、
真実を証明する方法は、ただ一つしかない。
◆
――外へ出ること。
それしか、道はなかった。
◆
暗闇の向こうで、
誰かの低い笑い声が聞こえた。
「……また一人、賢そうなのが落ちてきたな」
俺の戦いは、
この鋼鉄の檻の中から、
静かに始まった。
鋼鉄の檻へ




