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すべてを失って捨てられましたが、聖絵師として輝きます!~どうぞ私のことは忘れてくださいね~  作者: 水川サキ


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52、さようなら、レイラ(セリス)

 レイラがバルコニーから落下した。

 正確には私が突き落としたの。


 私は悪くないわ。

 あんな絵を描いたレイラがいけないのよ。


 けれど、こうして冷たい石の牢獄の中でひとり過ごしていると、胸の奥から虚しさが込み上げてくる。


 あれから、私は衛兵たちに捕らえられ、治安隊に引き渡された。

 この鉄格子の向こうには誰もいない。



 レイラに本当に死んでほしいとは思わなかった。

 ただ、私の人生の邪魔だけはしないでほしかったのよ。



 レイラのことが憎くてたまらなくなったのはいつの頃からかしらね。


 幼い頃はレイラに憧れた。

 レイラは父親のいない私に優しくしてくれたから。

 本当の姉のように慕っていたの。



 けれど、レイラは私が決して手に入らないものを持っていた。

 それが母親の愛。


 レイラが絵を描くと、母親は嬉しそうに微笑み、彼女が勉強で良い成績を取ると、頭を撫でて褒めていた。

 私は、それが羨ましくてたまらなかった。


 どれだけ努力しても、どれだけ結果を出しても、私の母は私に優しい言葉をくれなかった。

 むしろ、レイラに及ばない私を叱り、叩くようになった。


 だから私は、レイラに勝たなければならないと思った。

 あの子より優秀でいなければ、母は振り向いてくれないと思ったから。



 けれど、どうやっても私はレイラに敵わなかった。

 焦燥と嫉妬が心を蝕んで、黒い感情が少しずつ私の心を塗りつぶしていった。

 レイラが母親と笑っているのを見るたびに、胸の奥が焼けるように痛んだ。


 そしてある日、知ってしまったの。

 私の母が、兄であるレイラの父と禁じられた関係にあったことを。



 母が私を産んだのは、世間の目を欺くためだったらしい。

 見知らぬ男と一夜を過ごし、計画的に私を身籠ったのだという。

 私は最初から、母の欲のための道具でしかなかった。


 それなのに、レイラは愛されていた。

 レイラの母はいつだって、娘の味方だった。


 悔しくて、悲しくて、何度泣いたかわからない。

 どうして、私だけがこんなにも惨めなのだろうか。

 なんて不公平なのかしら。


 そんな思いでいっぱいになり、レイラを憎むようになってしまった。



 唯一、私の心を救ってくれたのは、伯父様がレイラを虐げていることだった。

 私はレイラが伯父様に叩かれるたびに胸がすっとした。

 その頃から、私はレイラに優しくするふりをして、彼女が苦しむ姿を楽しんだ。


 でも結局、その快感も一時のものだったわ。

 どうやってもレイラに敵わない現実を突きつけられるたびに、私は発狂しそうになった。


 結局アベリオの心も掴めなかったし、誰も私を見てくれない。

 あんなに着飾ってパーティへ出席しても、誰の心も掴めない。


 結局私ってその程度の人間だったのね。



 静寂の中で、壁にもたれかかって腰を下ろした。

 石の冷たさが背中に沁みて、思わず笑いが洩れた。


 レイラは死んだのかしら。

 あの高さから落ちたのだもの。

 きっと助からないはず――


 そう思った瞬間、胸の奥がなぜか痛んだ。



 コツコツと静寂を破る音が聞こえてきた。

 その音へ目線を向けると、そこにはアベリオの姿があった。


 私を溺愛してくれた伯父様でもなければ、私を産んだ母親でもない。

 私には家族なんていなかったのだと、再び現実を叩きつけられた気分だ。



「何か用かしら?」


 私は座り込んだままアベリオの目も見ずに問いかけた。

 すると彼は淡々と告げた。


「君に報告がある。レイラは無事だったらしい」

「……え?」


 思わず振り向いた。

 アベリオは真顔だったが、どこか安堵を滲ませていた。


「そう……助かったのね。本当に強運な子だわ」

「君も、安堵しているだろう?」

「あはは……何を言っているのかしら」


 かすれた笑い声が、冷たい牢獄内に反響する。

 アベリオは静かな声音で話す。


「君だって本当は、レイラに死んでほしくなかったはずだ」

「……笑わせないで」


 綺麗事だわ。

 私の気持ちなんて理解できないくせに。



「君のしたことは許されない。だが、どれほど彼女を憎んでいても、心の底は慕っていたんだ」

「……愚かなことを言わないで」

「僕もそうだ。君も僕も、レイラを思っていた。なのに、僕らは……どこで間違ったんだろうね」


 アベリオの言葉に猛烈な苛立ちを覚えた。

 とっさに声を荒らげて言い返す。


「聞きたくないわ。まるで自分を正当化するような言い草に笑いが出ちゃうわね。あなたっていつもそう。表ではいい人でいたいのよ。あなたが実は自己愛に溺れていること、私が気づいていないとでも思ったの?」


 鼻で笑ってやると、アベリオは表情を歪めた。


「僕は侯爵家の存続のために生きているだけだ。世間の常識に合わせてね」

「あなたと結婚しなくて本当によかったわ。あなたの妻は苦労するでしょうからね」

「今の君に何を言われても響かないよ」



 その言葉を最後に、アベリオは静かに背を向けた。

 コツコツと足音が遠のいていき、再び牢の中は静寂に包まれる。


 ひとりになると、ぽたりと涙が落ちた。

 慌てて拭う。


 これは悔し涙よ。

 だって、私がレイラのために泣くはずがない。

 彼女が助かって安堵するなんて、そんなこと……あるはずがないわ。


 そう、これはきっと、私の負けを認めた涙。

 レイラに勝てなかった女の、惨めな涙なのよ。


 でも、これで本当にもう二度と、レイラと会うことはないわね。


 そう思うと、心のどこかで安堵する自分もいた。



 さようなら、レイラ。

 永遠に――



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