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2、私はただの金づるだった

 半年前。


 その頃の私は自宅の部屋でひとり、絵を描いていた。

 部屋にはベッドと簡易テーブルしか置かれていないけれど、決して貧しいわけではない。


 子供の頃に母を亡くし、父とふたり暮らし。

 私はスレイド伯爵家の令嬢という肩書きを持つが、父は綺麗なドレスを与えてくれない。

 食事も朝と夜の2回だけ。


 私はこの部屋から一歩も外へ出ることは許されない。

 けれど、外に出るような時間など、私にはそもそも存在しない。


 だって私は明日納期の作品を2つ、今日中に仕上げなければならないから。

 ここ数年、ずっとこんな生活だ。休む暇も、外に出る暇もない。



 聖絵師(オーラリスト)

 それが私の今の職業だ。


 聖力を持ち合わせた私は幼い頃から神殿で絵を習っていた。

 何人かの聖力を持った子供たちが集められ、癒しの絵画を描く。

 数カ月に一度の品評会で順位を決められ、上位数名が聖絵師(オーラリスト)としての仕事を得られる。


 私は子供の頃からその競争の中で生きてきた。

 貴族学院に通っているときも、学校が終わると神殿に赴き、絵を描き続けた。



 幸いなことに品評会の順位が上がって少しずつ仕事を得られるようになった。

 ありがたいことに私の絵は評判がよく、父は次々と私の仕事を取ってくるようになった。


 そうしていると、だんだんスケジュールが埋まってきて、私は学校を休みがちになり、ついに17歳のときに退学した。

 そして3年後の今、20歳になった私は家に閉じ込められて、ずっと絵を描き続けている。



「レイラ! そろそろ完成したか?」


 突然、扉がバタンと開き、私は思わず体を強張らせた。


 父が現れたのだ。どうやら昼から酒を飲んできたらしく、顔は赤く言動も粗雑だ。

 まずい。こういうときの父は感情の起伏が激しく、何をされるかわからない。

 しおらしく答えなければ。



「明日までということですので、今夜には完成するかと……」

「遅い! お前は何をやっているんだ。このグズが!」


 ガシャーンッ――


 酒瓶が飛んできた。私の顔の横をかすめ、壁に激突する。


 当たっていたら耳が裂けていたか、最悪、失明していたかもしれない。

 心臓が跳ね、思わず手を握りしめる。



「申し訳ありません。寝ずに仕上げますから」

「当たり前だ! 睡眠などとっている場合ではないぞ」


 もう、この2週間はろくに眠っていないというのに。


「完成するまで食事抜きだ」


 スープと硬いパンしか食べていないのに。


「まったく。育ててやった恩を忘れたか。お前が生まれてここまで育つのに、いくら金がかかったと思っている? その分の金を返すまでは、結婚もさせてやらんからな!」

「そ、それは……」

「ふんっ! アベリオに会いたいなら、早く仕上げることだ」



 バタンと扉が激しく締まる音がして、部屋に静寂が訪れる。

 私は肩を落とし、ため息をつくしかなかった。


「もう充分、養育費分は返したと思うのに……まだ足りないのかしら」



 母を亡くしてから、私は美しいドレスも宝石も奪われ、豪華な食事もさせてもらえず、令嬢教育も受けられなくなった。

 この部屋に閉じ込められ、ひたすら絵を描く日々だ。

 好きなこととはいえ、食事も睡眠も与えられないのは堪える。

 眠気で頭がぼんやりすれば空想が広げられず、お腹がすけば手も動かない。


「せめて、スープくらい……」


 私は空の器が置かれたままのテーブルを見て、静かにため息をついた。



「アベリオにもずいぶん会っていないわ」


 アベリオはフラン侯爵家の令息で、私の婚約者。

 とても穏やかで優しい性格で、私のことをよく気遣ってくれる。


 出会いは私がまだ貴族学校へ通っているときだった。

 彼は私のファンだと言って話しかけてきた。

 友だちのいなかった私には、彼の存在がとても励ましになった。



 彼に縁談を申し込まれたときは本当に嬉しくて、幸せになれると思った。


 しかし、縁談を受けた18歳から2年が経つが、その後の進展はない。

 それどころか、彼と会う頻度が極端に少なくなった。

 アベリオに会いたいと言っても、父が会わせてくれないのだ。


 私が結婚したら絵の仕事を減らさなければならないと思っているのだろう。

 私は嫁いでも絵の仕事を続けると言っているのに、父は信じてくれないようだ。



 私は父にとってただの金儲けの道具に過ぎない。

 母が生きていた頃も、父はほとんど家に帰らず、外で女性と会ったり酒や賭博に興じたりしていた。


 私の絵で稼いだお金もすべて父の懐に消える。

 理不尽だと思うけれど、もう少し耐えればきっと、この生活から逃れられる。


 そう信じてやってきたのに、ある日思いもよらない出来事が起こる。



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