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第6話 お誘い

夏休みも終盤。文化祭のオーケストラ部演奏本番まで、残された時間はわずかだった。音楽室には練習の余韻がまだ漂っていて、弓でこすった弦の振動が耳の奥に残っている。窓の外からは、夕暮れのオレンジ色が差し込んでいた。


俺は布でバイオリンの弦を拭き取り、ケースにしまい込む。海斗はもうチェロの片付けを済ませていた。少し離れた机では同じパートの湊がバイオリンをしまっている。コーチの先生はすでに帰っていて、音楽室に残っているのは俺たち三人だけ。


「ふー…にしても、文化祭までマジで時間ないな」


海斗がペットボトルをあおりながらぼやく。


「そうだなー。っていうか海斗、お前譜読みしてなかっただろ」


「バレてたかw言うてタクもリズムミスってたけどな」


「うっせ」


こういう空気は中学から同じ校舎にいる俺と海斗にとって、もう習慣みたいなものだった。男子校に6年一貫コースで入学した中学組は、恋愛経験ゼロでも居心地は抜群にいい。


それを横で聞いていた湊が、くすっと笑いながら顔を上げた。湊は高校組。俺たちより三年遅れて入ってきた新顔だけど、持ち前の明るさで部に馴染むのも早かった。見た目は少しチャラそうだが、練習中は案外真剣だし、周囲の空気を読むのもうまい。


「そういや」


海斗がふと思い出したように俺をじろりと見た。


「お前さ、あれからどうなった?」


「あれ?」


「復讐計画。この前、偽の彼女探してただろ?」


「あぁ…」


俺は肩をすくめる。


「文化祭まで、仮彼女をやってくれることになった」


「え、誰が?」


「陽菜」


「はぁ!? あの超美人の?」


海斗の声が一段と大きくなる。


「おいマジかよ。羨ましすぎだろ。男子校生活六年目の俺からしたら、それ宝くじ並みの奇跡だぞ」


「だから仮だって。しかも文化祭までの契約」


「いやいや、仮でも羨ましいわ。お前みたいな女子免疫ほぼゼロのやつが、美人と肩並べるとか」


呆れ半分、嫉妬半分の視線に、俺はため息を返すしかなかった。そのやりとりを聞きつけた湊が、タイミングよく椅子を引き寄せながら乱入してきた。


「なになに? 恋バナ?」


「おぉ湊。お前ちょうどいいとこ来たな」


海斗がニヤリと笑う。


「タクが女たらしって話」


「は? やめろ!」


俺は即座に否定する。


「えー、マジ? 匠海ってそういうキャラに見えなかったわ」


湊は茶化すように言うが、目は楽しそうに輝いている。


「タク、裏では意外とやり手だからなw」


「やばいな。俺は安心してくれよ、一途だから」


「自分で言うか、それ」


「ほんとだって。中学から付き合ってる彼女と、今も続いてるんだから」


軽口っぽく言ったけど、その表情に嘘はなかった。チャラそうに見えて、意外と真面目。湊って、そういうやつだ。

中学組の俺や海斗には彼女がいるなんて話は奇跡に近い。だから余計に、湊の存在がキラキラして見える。


「はぁ…羨ましいわ」


海斗は深いため息をつく。


「お前は女たらし、湊は一途。俺だけ完全に取り残されてんじゃね?」


「いや、俺だって女たらしじゃねぇよ」


海斗の愚痴に湊が大笑いする。

ただ、あえて元カノに触れないで居てくれるのは海斗の優しさだろう。


「でもワンチャンあるんじゃないか?タクそこまで顔も悪くねぇしな」


「そんなんねーよ」


本当に、俺は恋愛感情なんて持ってない。ただ、陽菜と向かい合うと自然に緊張する。それはたぶん美人だからって理由に尽きる。けど、海斗に説明したって絶対信じてもらえない。

陽菜も俺に恋愛感情なんてないと思うが…


そんな空気の中、机の上に置いたスマホが震えた。短い電子音が響く。何気なく画面をのぞくと、LINEの通知。差出人の名前を見て、思わず固まる。


 陽菜【今週の土曜あいてる?】


ただの一文。それだけなのに、胸の奥がざわついた。

え、これって…どういう意味だ?


海斗と湊がまだ言い合っている横で、俺だけがスマホを握りしめたまま、黙り込んでいた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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