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第30話 夕暮れの余韻

 校門を出た瞬間、秋の風が頬をなでた。


 放課後の空は、オレンジ色に染まっていた。校舎の影が長く伸び、風が吹くたびに落ち葉がカサリと音を立てる。


 昨日の夜、あの場所で交わした言葉が、まだ胸の奥で静かに響いていた。


 校門の前には、セーラー服姿の陽菜が立っていた。


 「ちょうど部活終わる頃かなって思って、会いに来ちゃった」


 手を背中に組んで微笑む彼女を見て、胸がぎゅっとなる。

 昨日までは好きな人だったのに、今はもう彼女だ。


 その事実を、まだ上手く受け止めきれていない。


 「……うん。ありがと。来てくれて嬉しい」


 口にすると、陽菜は少し頬を赤らめて笑った。

 後ろから海斗と湊がひょこっと顔を出す。


 「おー、本当だったのか……」


 「はいはい、あついね〜」


 軽い冷やかしに陽菜が小さく肩をすくめる。


 「行こっか」


 俺は照れ隠しのように言って、彼女と並んで歩き出した。




 校門を離れると、周囲は一気に静かになった。

 部活帰りの生徒の声が遠くで響く。二人の足音だけが、アスファルトの上に小さく重なる。


 「ねぇ、たくみ」


 陽菜が口を開いた。


 「昨日のことなんだけど……」


 「昨日?」


 「うん。あの時……すっごく緊張してたんだよ、私」


 陽菜は視線を前に向けたまま、少し恥ずかしそうに笑う。


 「心臓バクバクで、何回も言葉が詰まっちゃってさ。“もう無理、絶対顔真っ赤になってる”って思ってた」


 「……俺もだよ」


 「え?」


 「正直、あんなに緊張したの初めてだった。ちゃんと告白の言葉言おうとしてたのに、途中で喉が動かなくて。心臓の音が、陽菜に聞こえてるんじゃないかって焦った」


「ふふっ」


 陽菜が声を立てて笑う。その笑顔を見て、少し安心する。

 昨日の夜、あのタワーで見た夜景よりも、今の彼女の笑顔の方がずっと眩しいと思った。


 「でも、言ってくれて嬉しかった」


 「ん?」


 「好きです、付き合ってくださいって。あれ、今でも頭の中でちゃんと響いてる」


 陽菜は頬にかかる髪を耳にかけながら、ゆっくりと言葉を続ける。その仕草でさえ、俺は心を奪われている。


 「だから、今日こうして歩いてるのが、なんか信じられない。夢みたいなんだよ」


 俺は小さく息を吸って、言葉を選ぶ。


 「夢じゃないよ。俺だって、何回も思った。これ本当に現実なのか?って。でも、こうして隣に陽菜がいるから、やっと信じられる」


 その瞬間、陽菜がふわりと笑って、俺の袖をつまんだ。


 「ねぇ、手……つないでいい?」


 「もちろん」


 そっと指先が触れ合い、温度が伝わる。


 冷たい夜気の中で、彼女の手だけが柔らかくて、少し温かかった。



 何も話さなくても、それだけで胸の奥が満たされていく。




 電車に乗りながら、二人で小さな話を続けた。

 学校のこと、部活のこと、次のデートの話。


 どんな話題も、笑顔に変わっていく。


 「そういえばさ、昨日あのあと家帰って、顔がすごくにやけてるって言われちゃった…」


 「お母さんに?」


 「うん。あんた、何かいいことあったでしょって。隠すの無理だった」


 「たくみでもそうなるんだ」


 「陽菜のこと思い出したら、勝手に顔が緩むんだよ」


 「もう……そういうこと平然と言うの反則」


 陽菜がぷいっと横を向く。耳まで赤く染まっていた。



 乗り換えの駅が見えてくる。プラットホームは通勤帰りの人たちで賑わっているのに、二人の間だけは静かで穏やかだった。


 「ねぇ、たくみ」


 「ん?」


 「これから、いろんなことあると思うけど……私、ちゃんと頑張るからね」


 「頑張る?」


 「うん。嬉しいことも、たぶんちょっと喧嘩することも。でも、たくみと一緒にいられるなら、全部大事にしたい」


 その言葉に、胸の奥がじんわり熱くなる。


 「ありがとう、陽菜。俺も同じ気持ちだよ」


 「ほんとに?」


 「ほんと」


 照れ隠しのように笑い合い、彼女が手を離す。


 「じゃあ、また明日ね」


 「うん。気をつけて帰れよ」


 陽菜がふいに振り返った。



「たくみ!今日もすごく幸せだった。ありがとう」



 その笑顔がまぶしくて、俺は何も言えなくなる。


 陽菜の後ろ姿を見ながら、別れを告げる。


 駅のホームに響くアナウンスの音が、少し遠く感じた。


 俺はそのまま立ち尽くし、胸の中で小さく呟く。



 俺の方こそ、ありがとう。



 地下鉄の風が、ほんのりと温かい余韻を残した。


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