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第23話 最後

 今日は陽菜の学校の文化祭。

 朝から少し胸がざわついている。天気は快晴、雲ひとつない青空が広がっているのに、俺の心にはどこか影が差している気がした。理由はわかっている。今日で偽カップルが終わるからだ。

 校門へ向かう道すがら、俺は何度も深いため息を吐いてしまった。


「なんかなぁ……」


 口から漏れた独り言に、隣を歩いていた湊がすかさず突っ込んでくる。


「またため息。今日くらいシャキッとしろよ。」


「わかってるけどさ」


 湊は笑いながら肩を軽く叩いてきた。彼の彼女が陽菜と同じ女子校に通っているということで、今日は一緒に来ることになったのだ。男二人で女子校に足を踏み入れるのは場違い感が半端ないが、湊はやけに堂々としている。


「で、匠海は着いたらどうするつもり?」


「まずは陽菜の出し物を見に行く。それから……まあ護衛かな」


「護衛って、騎士かよ。まあ、あの子かわいいから文化祭に来てる男子たちに声かけられまくるだろうな」


「だろうな……」


 軽口を交わしながら歩いていると、女子校の校舎が見えてきた。どこか華やかで明るい雰囲気に包まれている。門をくぐると、にぎやかな声と笑い声が一斉に押し寄せてきて、思わず気圧されそうになる。


「じゃ、俺は彼女のとこ行くから」


「おう、またあとで」



 湊と別れ、俺は陽菜のクラスへ向かった。

 案内板を頼りに廊下を進むと、教室の前にはすでに長い列ができていた。掲げられた看板には大きく「メイドカフェ」と書かれている。

 しかもただの喫茶じゃなく、隣に座って“接待”するらしい。


「なんか俺のクラスと似てるな……」


 女子校でも、男子との交流はほぼゼロ。だからどうしても“出会い”を求める形になってしまうのは同じなのだろう。思わず苦笑しながら列に並んだ。


 やがて受付が見えてきて、俺は小声で尋ねる。


「……指名ってできますか?」


「すみません、できないんです」


「そうですか」


 少し残念に思いつつも、案内されて席に着く。向かいに現れたのはボーイッシュな雰囲気の女の子だった。

 短めの髪にすっきりした顔立ち。けれども着ているのはフリルの付いた可愛らしいメイド服。そのギャップに思わず少し目を奪われた。


「よろしくね。名前は?」


「あ、匠海です。よろしくお願いします」


「匠海くんね。よろしく。……っていうかさ、君、結構顔良くない?モテるでしょ?」


「いや、男子校なんで出会いがなくて……」


「そうなんだ? じゃあさ、このあと暇?一緒に文化祭回らない?」


 驚くほど距離が近い。ストレートすぎる誘いに言葉を探していると、背後から澄んだ声が飛んできた。



「ちょっと、私の彼氏取らないで」



 振り返ると、そこにいたのはメイド服姿の陽菜だった。少しだけ怒っているように見える。相手の女の子が目を丸くした。


「え、陽菜彼氏いたの?残念……」


「そうだよ!たくみは私のだから!」


 陽菜がそう言った瞬間、自分の頬が一気に熱くなるのを感じた。

 心臓がバクバクして落ち着かない。演技のはずなのに、どうしてこんなに動揺しているんだろう。


「ごめんね、結構グイグイ来てたでしょ」


 陽菜が少し照れたように言う。


「いや、大丈夫。それより……陽菜、すごく似合ってるよ。その服」


 気付けば本音が口をついて出ていた。清楚なイメージの彼女が、ここまでメイド服を着こなすなんて思わなかった。正直、可愛すぎる。


「ほんと?嬉しい!たくみに見せたかったんだ」


 そう言って笑うから、ますます心が揺さぶられる。俺は慌てて話題を変えた。


「そ、そうか。……で、このあとどうするの?」


「もうすぐシフト終わりだから、終わったら一緒に回ろうよ。匠海、私を守ってね?」


「はいはい」


 それが今日の俺の役目だ。俺は陽菜のそばにいて、余計な男子を寄せ付けない。たとえ偽りでも、それが約束だった。


「そうだ、明日時間ある?」


「あるけど……どうした?」


「公園に来てほしい。」


「いいけど…」


「紗菜さんが謝りたいんだって。」



「え?」



 紗菜が謝りたい?俺は耳を疑った。あいつが素直に謝るなんて、どう考えても想像できない。


「私が言ったんだ。たくみと仲直りしてって。このままだと二人に良くないから。安心して、私も一緒にいるから」


「……陽菜が言うなら、わかった」


 腑に落ちない部分はあるけれど、陽菜が間に入ってくれるなら問題ないだろう。少なくとも一人で会うよりはずっと安心だ。


「よかった!あ、もうシフト終わりの時間だ!廊下で待っててね」


「了解」


 教室を出て廊下で待っていると、やがて扉が開いて陽菜が飛び出してきた。メイド服のままで。


「お待たせ!」


「……そのまま?」


「うん。たくみも文化祭の時、黒服のままだったでしょ?だから私もメイド服のままでいいかなって」


「まあ、そうだけど……陽菜がその格好してたら、男どもが余計寄ってくるんじゃないか?」


「今日は匠海が守ってくれるから大丈夫でしょ?」


「そうだね」


 可愛さに完全に負けていた。案の定、俺が隣に立っているだけで他の男子は寄ってこない。まるで本当に俺たちがカップルみたいに見えたのだろう。


 そこからは二人で屋台を巡った。焼きそば、クレープ、射的。笑い合いながら次々と回っていく。途中で写真を撮ったり、お互いの好きな味を分け合ったり。気が付けば、それはもうデートそのものだった。



 心のどこかで、「この時間が永遠に続けばいい」と思っていた。けれど現実は残酷だ。これは今日限り。偽カップルの最後の日なのだから。





 夕方、文化祭も終わりに近づいて、校内のざわめきが少しずつ落ち着いてきた。


 俺は陽菜に向き直って、深呼吸をひとつ。


「今日はありがとう。めっちゃ楽しかった」


「私も!守ってくれてありがと、たくみ」


「いや、約束だったし。でも、この関係も今日で終わりだな」


「そうだね……なんかちょっと寂しいかも」


 陽菜の瞳が切なそうに揺れる。言葉を探そうとしたその瞬間、背中に柔らかな感触が広がった。


「……え?」


 振り返る前に、陽菜の細い腕が俺をぎゅっと包み込む。小さな体なのに、意外なくらい強くて、温かい。


「なら、最後に……」


 後ろから抱きついてくる陽菜の声は、ほんの少し震えていた。その震えが、そのまま胸の奥に響いてくる。


「陽菜……」


 喉がつまって、言葉が出ない。わかってる。これが最後。俺たちは偽カップル。明日からは友達に戻る。


「今までありがとう」


 背中越しに陽菜が囁く。


「……俺の方こそ」


 振り返らずに答えた。寂しいけど、ここで笑って区切りをつけなきゃいけない。


「じゃ、明日。公園で」


「うん」




 腕の温もりがそっと離れていく。

 

 その余韻だけが、やけに鮮明に胸に残った。

最後までお読みいただきありがとうございます!


そういえばなんですが、この作品には匠海たちの住んでいる場所ががわかるような話を入れてます。


駅のエントランスの金色の時計、日本一高所にあるスタバ、ミルクレープの有名なカフェ…


どこの地域なのか、探してみてください!

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― 新着の感想 ―
金時計+スタバで大半の地元民はわかるよなぁ… あそこの集合場所と言えば金時計か銀時計だし。
aiに、日本一高いところにあるスタバを尋ねたら、あっさり教えてくれました。すごいものです。 標高かと思ったのですが、多分地上高なのですね。 後悔するくらいなら、最初からしなきゃいいんですが、それでも…
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