第21話 紗菜の後悔
匠海の文化祭のクラスから、私は逃げ出してしまった。
あの教室の空気には、もう耐えられなかった。
匠海は、まだ私のことを想っている。そう信じて疑わなかった。
だって、そうでしょう? 私と別れてから、まだそんなに経っていないのに。
新しい誰かと並んで笑っているなんて、想像したくもなかった。
なのに。
私の目の前で、あんなふうに陽菜と並んでいる匠海を見せつけられて。
さらに、あの子が匠海の頬に口づけまでして。
信じられなかった。
いや、信じたくなかった。
どうして、どうして私じゃなくて、あの子なの。
胸の奥が焼けるように痛んだ。
嫉妬なのか、悔しさなのか、もう分からない。
ただ、心臓をぎゅっと握りつぶされるように苦しかった。
思い返す。
匠海と付き合っていた頃のこと。
私は毎日LINEを送った。
「おはよう」「おやすみ」「今日どうしてる?」
とにかく繋がっていたかった。
会いたくて、声を聞きたくて、温もりを感じたくて。
でも、返ってくるのは「勉強」「部活」。
匠海は、いつも自分のやるべきことを優先していた。
私は、そんなのに耐えられなかった。
「遊ぼう」って誘っても、「ごめん、今日は無理」と言われる日が多くて。
「どうして会えないの? 私より大事なの?」
何度も聞いた。
でも匠海は「そんなことない」って。
彼の中で、私は一番じゃなかったのかな。
別の学校で付き合うのが間違いだったのかな。
それでも、私はもっと求めていた。
だから、クリスマスに同じクラスの男子から誘われたとき、私は断れなかった。
寂しさに勝てなかった。
「会おうよ」って言葉が、胸の奥の空洞を埋めてくれるように感じた。
最初は軽い気持ちだった。
ただ一緒に歩いて、笑って、少しだけ匠海のことを忘れられればそれでいいと思ってた。
でも、気づけばホテルの部屋にいて、一線を越えてしまっていた。
そのときは、ずっと欲しかった温もりに触れられたような気がして、心の隙間が埋まる錯覚に陥った。
匠海とは、手を繋いでキスするだけで精一杯だったのに。
私が求めても、それ以上はしてくれなかった。
だけど…
何度か会ううちに、違和感が大きくなっていった。
最初は優しかったその人も、だんだん急かすようになって、会うたびに同じことばかり求めてくる。
「今日は会える?」「親いない?」
そんな言葉ばかりで、私自身を見てくれてる気がしなかった。
会話は弾まない。私の好きな音楽も、将来のことも、どうでもよさそうだった。
ただ私の身体に触れる時間だけが目的。
それに気づいたとき、胸の奥が冷たくなった。
それでも、流されてしまった。
私の弱さがそうさせた。
一度手を伸ばした温もりを、簡単には手放せなかった。
次の子も同じだった。
「俺なら大事にするよ」なんて、甘い言葉を囁かれて、ほんの少しだけ信じてしまった。
でも結末は同じ。
気づけば求められるのは身体ばかりで、心には触れようともしない。
気持ちを確かめ合うことなんてなかった。
私はただ、穴を埋める道具にされているだけだった。
そんな相手と重ねるたびに、心が削れていった。
「これじゃない」って、頭の中で声が響く。
終わったあと、胸の奥に渦巻く嫌悪感はどんどん強くなった。 「私は、何をやってるんだろう」
鏡に映る自分の姿を見たくなくて、部屋の電気を消したまま眠った夜もあった。
でも……匠海は違った。
会う回数は少なかったけど、ひとつひとつのデートを大切に考えてくれていた。
私の好みに合わせたカフェを探してくれたり、歩くときは必ず外側を歩いてくれたり。
「守られてる」って、ちゃんと感じられた。
私が不機嫌になっても、匠海は怒らなかった。
「一緒に勉強しよ」って言われても、私は「遊びたい」って断ってばかりだったのに。
彼は、それでも笑ってくれていた。
どうして私は、それを大事にできなかったんだろう。
どうして欲張って、目の前のものを壊してしまったんだろう。
涙が止まらなかった。
「過去に戻りたい」
心の中で何度も繰り返した。
でも、時間は戻らない。
匠海の隣には、もう私じゃなくあの陽菜って子がいる。
「羨ましい」
私はまだ、匠海を忘れられない。
だけど、分かってる。
私は匠海を傷つけた。
寂しいからって他の男に流されたのも、
自分の欲を優先して勉強や夢を邪魔したのも、
全部私の弱さのせいだ。
それでも、会うたびに言ってしまった。
「やっぱり戻りたい」って。
なのに、いざ匠海と会うと、
不安になって当たってしまう。
復縁を望んでるのに、自分から壊してしまう。
その繰り返し。
それでも。
私はまだ、匠海を求めてしまう。
手放したくない。
忘れられない。
どうしてこんなに矛盾した気持ちばかり抱えてしまうんだろう。
どうして、素直に「好き」って言えなかったんだろう。
答えなんて、もう出てるはずなのに。
それでも私はまだ、匠海のことを忘れられない。
そんなとき、インスタに一通のDMが届いた。
「陽菜……?」
目を疑った。
差出人の名前に、心臓が跳ねる。
指先が震えて、息が詰まる。
【二人で話しませんか?】
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