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第20話 甘いざわめき

「俺、もうすぐシフト終わるから、外で待っててくれる? 着替えないといけないし」


気まずい空気をどうにかしたくて、そう切り出した。頬に残るあの感覚が、まだ離れない。陽菜の真っ赤な顔が、頭から消えてくれなかった。


「その服、かっこいいから……そのまま出てきていいよ」


小さな声でそう返されて、心臓が変な音を立てた。冗談なのか、本気なのか、分からない。


「わ、わかった。なら……シフト終わるまで、外でちょっとだけ待ってて」


「うん!」


元気よく頷く陽菜を教室から出して、俺は次のお客さんを迎え入れた。


「いらっしゃいませ!」


笑顔で声を張る。でも、正直なところ、そのお客さんとどんな会話をしたのかは覚えていない。頭の中は、頬に触れたあの感覚だけだった。




ようやくシフトが終わって外に出ると、陽菜は教室の近くで待っていた。


 「ごめん、待たせて」


 「全然いいよ! じゃあ……行こっか」


並んで歩き始めた瞬間、陽菜が自然な仕草で俺の腕を胸にぎゅっと寄せてきた。


「ちょ、ちょっと! 陽菜さん!? 腕、当たってるんだけど……」


「カップルならこれくらいするくない?」


「いや、そうだけど……」


「なら大丈夫でしょ!」


得意げに笑う陽菜に、言い返せなかった。


ひなは小柄で細身だけど、意外と体の凹凸はある。腕に伝わる柔らかさに、思わずドキリとしてしまう。


(やばい……近すぎる……! このまま意識したら絶対変なこと考えてしまう……!)


しかも、陽菜はそれを楽しむかのように、ちらりとこちらを見て口角を上げていた。陽菜の笑みだけで、俺の顔は熱くなり、視線を逸らさずにはいられない。腕に伝わる体温、ふわりと香る髪の匂い、そして自然に寄せられる距離感。全部が混ざって、頭の中でぐるぐると渦巻く。


歩くたびに胸の奥がきゅっと締め付けられるのを感じながらも、言葉にはできない。


(俺、この距離にずっと耐えられるのか……?)


心の中で呟きながらも、陽菜の笑顔と軽やかな声が、文化祭のざわめきの中で特別な空間を作り出していることに気づく。

世界の中心は、今ここにいる二人だけなんだ、と錯覚してしまうほどだった。



俺たちは屋台を巡り始めた。焼きそば、チョコバナナとか。

色々食べ歩きをしている。


「ねえねえ、たくみ。あれ食べよ!」


「え、さっき焼きそば食べたばっかじゃん」


「別腹だから!」


「よく食べるね。女の子ってそんなもんなのかな」


そう言いながら結局、俺もたこ焼きを買って二人で分け合った。


熱々のたこ焼きを口に運んだ陽菜が


「はふっ、あつっ」


と跳ねる。その仕草に思わず笑ってしまう。


「……笑ったでしょ」


「いや、かわいいなって思っただけ」


「は、え、今なんて言った!?」


「え、いや……なんでもない」


言ってから自分でも驚いた。普段なら絶対に口にしない言葉だ。なのに今日は、不思議と素直に出てしまう。陽菜の前だと、いつもの俺じゃいられない 。


 「…たくみの……ばか」


小さく呟く陽菜の耳まで真っ赤だった。




そんな調子で回ったから、時間はあっという間に過ぎた。

夕暮れの校舎が影を落とす頃、文化祭も終わりが近づいていた。


「陽菜、ほんと助けてくれてありがとう」


「全然いいよ!次は私の高校の文化祭だね。ちゃんと守ってよ〜?」


「もちろん。陽菜を絶対守るよ」


気付けば自然に、そんな言葉が口をついて出ていた。


「……ありがと。じゃあね」


手を振る陽菜を見送る。胸の奥がほんのり熱い。彼女への気持ちが、日に日に変わっていくのを実感していた。


(そういえば、あいつは……)


ふと、紗菜の顔が脳裏をよぎる。

教室を飛び出していった背中。結局、その後どうしたのか分からない。


だが俺の今は、陽菜と並んで笑っている時間にある。


この時間だけは壊したくない


そう強く思った。

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