第18話 匠海の過去 その2
あの頃、俺たちは確かに付き合っていたはずなのに。時間が経つにつれて、いつの間にかその形は少しずつ歪んでいった。
俺は、私立の進学校に通っている。部活があり、課題があり、定期テストが近づけば学校に籠もるように勉強する日々。
一方で、紗菜が通っていたのは公立の共学。大学に行かない子も多く、勉強にそこまで必死になる雰囲気はなかった。
最初のうちは、それでも噛み合っていた。
俺が
「ごめん、今週はちょっと会えない」
と言えば、紗菜は
「うん、仕方ないね」
と笑ってくれていた。
でも、それが何度も続くうちに、彼女の中の「わかってる」が「不満」に変わっていったのだろう。
期末テストが近づいた頃。
俺は教科書とノートを広げ、夜遅くまで机に向かっていた。そんなときにスマホが鳴る。画面に浮かぶ名前は「紗菜」。
LINEの通知。
【今週の土曜、会えない?】
【ごめん、テスト前だから無理】
すぐに返信すると、少しの間を置いて返事が来た。
【また?】
【ごめん】
【なんでいつもそうなの?私と会うより勉強の方が大事なの】
その文字を見た瞬間、胸の奥に小さな棘が刺さったような痛みを感じた。
会いたい気持ちがないわけじゃない。だけど、俺には俺のやるべきことがある。
【ごめん。でも今はテスト頑張りたいんだ】
そう返すと、それ以降しばらく既読がつかなくなった。
それから、彼女のLINEはどこかトゲを含むようになった。
【どうせ私より学校なんでしょ】
【部活とかテストとか言い訳ばっか】
本当はちゃんと向き合いたかったのに、俺の手はペンを握り続け、彼女の心に伸ばすはずの手を離してしまっていた。
期末が終わる頃、罪悪感が積もっていた。
「せめてクリスマスくらいは、ちゃんと特別な日にしたい」
そう思った俺は、いろいろ考えた。
イルミネーションのきれいな場所を調べて、予約もして。
プレゼントも用意して、彼女の喜ぶ顔を思い浮かべながらプランを練った。
そして、勇気を出して送った。
【クリスマス、空いてる?一緒に過ごしたい】
返事が来るまで、心臓が落ち着かなかった。けれど、返ってきたのは
【無理】
理由は書かれていない。ただの「無理」。
その画面を見つめながら、胸の奥がじわじわと冷えていく感覚があった。
迎えたクリスマス当日。
イルミネーションで賑わう街を、俺は一人で歩いていた。予約した店のキャンセルメールをスマホで確認しながら、ため息をつく。
そのとき、何気なく開いたインスタのストーリー。
そこに映っていたのは、見慣れた横顔だった。
紗菜。
隣には同じ制服を着た男。
二人でホテルの部屋で、笑い合いながら撮ったであろう写真。
ああ、終わったんだな。
頭では理解したつもりでも、心が追いつかない。
視界が滲んで、街のイルミネーションがぼやけて見えた。
苦しくて、惨めで、それでもまだ信じたかった。
でも、写真がすべてを物語っていた。
その瞬間、胸の奥に張りついていた糸がぷつりと切れた。
耳に飛び込んでくるのは、文化祭のざわめきだった。
色とりどりの装飾、笑い声、呼び込みの声。
そして、すぐ隣には陽菜がいて、心配そうにこちらを覗き込んでいる。
「大丈夫?」
その声に、俺はかすかにうなずいた。
温かな気配が、過去の記憶に沈みかけた心をつなぎとめてくれる。
けれど視線を巡らせた瞬間、胸の奥が再びきしんだ。
紗菜の姿があった。
あの頃、俺を突き落とした本人が、今も現実に存在している。
そして、陽菜もまた隣で俺を支えてくれている。
過去の傷は消えない。けれど、その痛みを抱えたままでも、前を向けるはずだ。
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