第16話 残酷な記憶
この幸せの空間が、いつまでも続けばいい
そう思った。
すると陽菜が、俺をまっすぐに見上げて、ぽつりと口を開く。
「私たちって、仮だけど付き合ってるんだよね」
「うん…」
「カップルなら…」
そう言った瞬間、陽菜は俺の首を横にそっと引き寄せ、ゆっくりと目を閉じた。
「ん……」
え、えええ!? どういう状況? 本当にこれって、あの、そういう…?
周囲の喧騒が一気に遠のく。模擬店で騒がしいはずの教室の中なのに、陽菜の存在だけが俺の世界を埋め尽くしていた。
今は誰も見てない。なら…これ、してもいいのか。
一応俺たちカップル?だし。
喉がからからになる。心臓の鼓動が、自分でもうるさいくらいに耳の奥で響いている。
俺は顔を近づけた。
長いまつ毛。透き通るような肌。
近くで見ると、陽菜の整った顔立ちが、やけに綺麗に見えて
その美しさに飲まれるみたいに、俺もゆっくりと目を閉じ
「匠海ー。指名入ったよー!」
「…っ!!!」
突き刺すようなクラスメイトの声で、一瞬で現実に引き戻された。
俺と陽菜は同時に体を離す。顔が熱い。恥ずかしさで死にそうだ。
鼓動の速さをどうにか抑えようとするけど、逆に耳まで真っ赤になってるのが自分でもわかる。
「残念だったね…」
そんな俺に、陽菜はとろけたように笑って、人差し指を俺の唇にそっと当ててきた。
「ちょ、ちょっと!!」
「ふふっ。ごめんごめん」
陽菜はいつものように笑った。
その笑顔が眩しすぎて、俺は余計に赤面するしかなかった。
ほんと、なんなんだよ。心臓が持たねぇ。
ちなみに模擬店のルールは、一人のお客さんにつき最大二人まで対応できる。
だから陽菜には「相席」みたいな形で隣に座ってもらい、俺が二人をもてなす形になる。
「相席でもいい?」
「大丈夫だよ」
「わかった。じゃあ、ちょっと待ってて」
胸の鼓動を落ち着けるように深呼吸をしてから、俺は教室の入り口へ向かった。
だけど、さっきのことが記憶にこびり付いて、頭から離れない。
少しだけ距離を取ったのに、まだ肩に残る陽菜の温もりが消えていなくて、変な気分になる。
そして、その瞬間。
視界に飛び込んできたのは、金色の光を跳ね返す長い髪。
鋭く冷たい雰囲気。空気そのものが凍りつくような気配。
俺の中に込み上げてくる、嫌悪感。
「桐島…紗菜」
その名前を口にした瞬間、さっきまで胸の奥を満たしていた温かさが、一瞬で氷点下まで冷え込む。
喉が勝手に震えて、握りしめた拳に力がこもった。
「なんで来たんだよ」
俺が低い声を漏らすと、彼女は小さく鼻で笑い、涼しい顔で言い放った。
「私お客さんなんですけど? 案内してもらっていいですか?」
その挑発的な目に、心臓が嫌な音を立てて跳ねた。
けど、ここで騒ぎを起こせばクラスの模擬店が台無しになる。
俺の感情よりも、みんなの努力を優先しなくちゃいけない。
「…わかった」
俺は仕方なく、彼女を席まで案内した。
注文を取り、形だけ笑顔を浮かべながら商品を運ぶ。
視線を合わせたくなくて、トレイを持つ手に意識を集中させる。
でも、喉の奥は焼けるみたいに重苦しくて、笑顔なんて作れている気がしない。
「大丈夫?…」
隣にいた陽菜が、俺の様子をさりげなく見て、小声で囁いてきた。
その声色は、まるで「ここにいるから安心していいよ」と伝えてくるみたいに優しかった。
それだけの言葉なのに、胸の緊張がほんの少しだけほぐれていく。
陽菜のこういうさりげない気遣いに心が癒される。
でも、
「またいるの、その女」
不意に、冷たい声が突き刺さった。
「ひなは関係ない」
俺は即座に言い返す。けど、その声色は自分でもわかるほど固かった。
紗菜はわずかに口角を上げる。だけどその笑みは、冷たく歪んでいた。
「へぇー」
その言葉。
そして少し怒りを含んだその声色。
胸の奥が、ぐわっと締め付けられる。
いやな記憶が、勝手に頭の中に蘇ってくる。
そうだ。最初は違ったんだ。
最初の紗菜は、こんな冷たい人じゃなかった。
むしろ、あの頃は…
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