第13話 あと一日
放課後の教室には、ガムテープを剥がす音や、机を動かす軋みがまだ響いていた。夏休み明けから準備を続けてきた文化祭の教室装飾も、ようやく形になった。カーテンを模した布は窓際に掛けられ、机はカフェ風に配置され、黒服姿の男子たちが最後のリハーサルをしている。
「よし、これで全部だな」
委員長が腕を組みながら言うと、教室全体に安堵の空気が広がった。俺も思わず深く息を吐く。黒服の裾を軽く払って、椅子に腰を下ろした。
「ふぅ…やっと終わったな」
「だな。明日が本番か…」
隣で同じ黒服を羽織っていた海斗が、机に肘をつきながら笑った。その表情には緊張よりも楽しみが浮かんでいる。
「けどタク、お前……やっぱり似合うな、その黒服」
「またそれかよ」
苦笑いで返すけど、実際クラスメイトからも散々言われている。顔が悪くないだの、スタイルがいいだの。そんなこと言われても実感なんてない。
家に帰ると、疲れが一気に押し寄せた。夕飯を済ませ、風呂に入って、布団に潜り込む。
ベッドに横になったまま、半分眠りかけていたときだった。枕元のスマホが小さく震える。画面には「陽菜」の文字。心臓が一気に跳ね上がる。
急いで通話ボタンを押すと、耳に馴染んだ声が響いた。
『たくみの声が聞きたくなっちゃって』
「えっ?」
思わず間の抜けた声が出る。
夜の静けさに、その言葉だけがやけに大きく響いた。
『ふふっ、冗談だよ。本当は明日のことを聞こうと思って』
「な、なんだよ…びっくりした…」
照れ隠しに笑ってみせるけど、心臓の鼓動は落ち着かない。冗談だとわかっていても、ほんの一瞬だけ、本気にしてしまった自分が情けなくて、でも少し嬉しくて。
『それでさ、明日って何時くらいに行けばいいかな?』
「えっと…10時くらいにオーケストラの演奏があるんだ。それが終わってからクラス企画。俺たちが参加するのは昼くらいからだから、その時間からなら大丈夫」
『なるほど。じゃあ演奏のタイミングで行くね。たくみの晴れ舞台、ちゃんと見たいし』
「う、うん…了解」
そう答えながら、自分でもわかるくらい声が小さくなる。頭の中には、明日のことを考えると胸の奥に重いものがのしかかる。元カノの存在、文化祭の緊張、うまくやれる自信があるわけじゃない。
沈黙を見透かしたように、陽菜が柔らかく笑う声を聞かせてきた。
『ねぇ、たくみ。声小さくない?』
「そんなことない」
強がりのつもりだった。でも言葉に力はなかった。
『もし何かあっても、私が隣にいるから大丈夫。頼っていいんだよ』
その一言が胸に沁みる。強がりなんて全部無駄だった。俺はずっと、陽菜に支えられてばかりだ。
「ありがとう…ほんとに」
『どういたしまして!』
軽やかな声。けれどそこには、からかいじゃなくて確かな優しさがあった。
重い不安の影はまだあるのに、不思議と眠れそうな気がした。明日を迎える勇気をくれたのは、間違いなく彼女だった。
そして翌朝。
窓の外からは、まだ少し残る夏の蝉の声。制服に袖を通し、鏡で髪を整える。表情は引き締まっていた。心臓は高鳴っているが、不思議と恐怖はない。
学校に向かう道すがら、俺は胸の奥で小さく呟いた。
「やってやる」
最後までお読みいただきありがとうございます!
1章は今回までとなります。
明日より2章、文化祭編のスタートです!
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