表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/30

第10話 優しさ



夏の日差しが傾きはじめた夕方、俺と陽菜は駅へと歩いていた。


彼女の家も俺の家も、同じ地下鉄沿線。だから自然と、同じ改札へと向かうことになる。


「ごめんね、チャージしてくる」


陽菜が小さく笑い、券売機の前に立つ。

風が頬をかすめ、少し涼しい地下の空気が、胸のざわめきを和らげてくれる気がした。

そのときだった。


「匠海?」


振り返った瞬間、心臓の鼓動が急に早くなった。


桐島紗菜(きりしまさな)

元カノだ。名前を呼ばれて、あの嫌な記憶が急に蘇る。

肩までかかる金髪は蛍光灯の光を受けて艶めき、笑ったような口元の影には、昔の軽さと同時に、どこか体が受け付けないような気味の悪さが混ざっていた。


「お前…」


言葉を発した瞬間、喉の奥が焼けるように熱くなる。


「やっぱり。あのDM、既読無視したでしょ」


紗菜は腕を組み、少し拗ねたように俺を見上げる。


「当たり前だろ。お前、何をしたか忘れたのか?」


「それは…謝ったじゃん。あの時だって」


紗菜はそっと視線を逸らす。開き直ったような口調で喋りかけてくる。俺の心は怒りと恐怖で溢れており、言葉も出なかった。


「お待たせ!」


その瞬間、陽菜が駆け寄ってきた。小さな財布を握り、ぱっと俺の隣に立つ。


その柔らかい存在感に、空気が一瞬凍りついたように感じた。


「誰、その女」


紗菜の声は低く、鋭さを帯びていた。

俺は自然と陽菜との距離を詰め、守るように立つ。


「お前には関係ないだろ」


声が思わず荒くなる。心臓が早鐘を打ち、背中に汗が伝う。


紗菜は薄く笑った。その笑みには、昔の軽さだけでなく、消しきれない未練の影というのが潜んでいそうだ。


「まあいいや。私、匠海の学校の文化祭に行くから。その時、ちゃんと話そ」


そう言い残し、紗菜は人混みの中へと消えていった。

残されたのは、冷たい静寂と、俺の鼓動だけ。耳の奥で心臓が鳴り響き、肩の力が抜けない。


「今の…前言ってた元カノさん?」


陽菜が恐る恐る尋ねる。

その声に、俺は少し肩を落とす。無理やり笑おうとしたけれど、声が震えている。


「うん。ごめん、変な現場に付き合わせて」


頭の奥で、嫌な記憶が次々に押し寄せる。笑っていた日々、突然の裏切り、踏みつけられたような感覚に胸の奥がぎゅっと締め付けられ、息が詰まる。


鮮明に記憶が蘇り、冷や汗とふらつきで、今にも倒れそうになった。


そのときだった。



陽菜はそっと腕を回し、俺の体を抱きしめた。



少し驚いたが、不思議と抵抗感はなかった。


「たくみがどういう風に浮気されたかは知らない。でも、今の顔を見れば…だいたいわかるよ」


彼女の声は小さく、でも優しさに満ちていた。


「仮だとしても、私は彼女なんだから。辛い時は私に頼っていいんだよ。たくみは一人じゃないから」


その言葉が、まるで温度を持って胸に沁みる。

陽菜はゆっくりと俺に話しかけてくれる。


「面白い友達だっているじゃん。たくみのこと、ちゃんとわかってくれる人はいるんだよ」


涙が勝手に溢れた。

情けないと思う気持ちよりも、心の奥から湧き出す安堵が強すぎて、止められなかった。

陽菜の温もりと、視線の優しさに、俺は少しずつ息を整えながら、心の奥に残ったざわめきを抑え込もうとする。


「ありがとう…」


小さな声に、陽菜はにっこり笑った。





二人でホームに立ち、電車を待ちながら、少しだけ沈黙が流れる。


「ごめん…恥ずかしいところ、見せちゃった」


俺が小さく呟くと、陽菜はそっと笑みを浮かべた。


「ううん。人の辛いところ見て、放っておける人なんていないよ」


その優しさに胸がじんわりと温かくなる。


「ありがとう。やっぱり、陽菜は優しいな」


「ふふっ。あとね、たくみの可愛いところも見れたから、ちょっと得した気分」


頬をほんのり赤くして冗談めかす陽菜に、俺は思わず顔を覆う。


「や、やめろよ!恥ずかしいから思い出させないで!!」


必死に隠す俺を見て、陽菜は小さく声を立てて笑う。

その笑い声がホームの空気に柔らかく溶け込み、少しだけ心が軽くなった気がした。


電車の心地よい音が俺たちを包み込む。二人だけの小さな時間が、ゆっくりと過ぎていくのを感じた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


気づいたら日間ランキング12位になってて、凄くびっくりしました。

ですが、これも読者の皆様のおかげです!ありがとうございます。


今後も頑張って毎日投稿しますので、是非ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!


これからもこの作品をどうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ