第9話 彼の末路
「…あった」
程なくして、リーヴがまた古びた手帳を見つけた。
「よし、読もう」
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No.182
今朝、王から連絡があった
他星との戦争で運用した淵気を用いた兵器が暴走し、様々な星が淵気で汚染されたそうだ
そしてその対処を私に任せる、と
ふざけるな
とりあえずその汚染された区域に『淵蝕領域』などと命名したが、それが何になる
もうどうだって良い
いや、良くない
私にはまだやる事、やれる事がある
罪を贖わなければ
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「罪を……これ、なんて読むの?」
「『あがなう』…償うという意味だ」
また、ページがめくられる。
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No.186
そもそも私は何の為に深淵を研究していたのだったか…
ああ、そうだ
その昔、私は深淵に落ちた。ごく稀ではあるが、深淵への入り口はこちら側の世界に開く事もある
その時、私は大鎌を持っている長い銀髪を携えた男に助けられたんだ
深淵に関する用語は全て彼から教わった
彼に礼を言う為にこの研究を続けていたが…それも叶わなそうだ
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「…そんな過去があったんだ」
「フェイズも…悪人では無いんだ」
何か過去を懐かしむような口ぶりだ。リーヴとセラはとある事に若干気づいていたが、今口に出すのは辞めておいた。
そして、3人はまた次のページをめくる。
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No.194
贖罪の準備が整った
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「短い、ね」
「相当…精神が壊れているようだな」
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No.200
贖罪を始めよう
私の言う贖罪とは
私自身に淵気を投与して淵族となり、被験体達と同じ苦しみを味わう事
そして、この愚かな王が治める星を破壊する事
完全に破壊するのは不可能でも…この研究所の周辺くらいは可能だろう。そこには王も住んでいる
すまない
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「フェイズ…」
パラノイアはどこか悲しげに呟く。
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No.206
痛い
苦しい
痛い 痛い
これほどの苦しみを 彼らは味わっていたのか
すまない す まな い すま ない
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「…こわい」
小刻みに震えるリーヴを、セラがそっと抱きしめる。
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No.208
わたし の 体が 溶けている
半分に 分かれている
もう半分は 巨大で真っ黒な蛇のように なった
このようなことをするもの が
もう あらわれないように
さいごのときまで
手記をかきつづける
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No.306
もうからだのかんかくはない
いたいのか
きもちいいのか
わからない
あのへびは すでに周辺の街をはかいし始めたようだ
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No.1058
くらい
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No.5648
いたい
くるしい
いたい
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手記の内容は、段々と文字と認識するのが困難になってきていた。リーヴを抱きしめているセラも、多少の恐怖を覚えていた。あれほど理性的な文章を書いていたフェイズが、今や精神異常者のような文章しか書けなくなっているのだから。
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No.195864
た す
け
て
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手記はそのページで終わっている。
「結局…フェイズの行方は分からなかったな」
「うん…どこに行ったんだろう」
「…みんな、これ…」
リーヴが震える指で指した先には、沢山の管に繋がれたカプセルがあった。そこには、手記と同じ筆跡で『解放厳禁』と書かれている。
「…」
手記の内容から何かを察したパラノイアは、迷う事無くそのカプセルを開ける。そこには…
「きゃ…」
「わ…」
変わり果てたフェイズの姿…人型の黒いインクの塊があった。
「生き…てるの?」
「いや…もう死んでいる」
パラノイアは冷静に生死を確認した後、酷く虚しそうに呟く。
「馬鹿が…こんな事が贖罪になり得ると本気で思っていたのか?」
「パラノイア…」
3人が感傷に浸っていると、突然3人を目眩のような感覚が襲った。
「うっ……今のは…」
「パラノイア…!見て!」
「…フェイズの死体が…消えた?」
それを認識するとほぼ同時に、3人は部屋の外から恐ろしい気配が漂ってくる事に気がついた。
「…どうする?」
「…行くしか無いだろう」
セラは双剣を構え、パラノイアは左腕を隠している袖を取って、ゆっくりとドアを開けた。
豆知識
フェイズの手記のNo.のインフレは単純に沢山書いたってのもありますが、フェイズの脳に異常が発生して数すらも数えられなくなっていたからです