第84話 災臨
いらっしゃいます
「…で、光がなくなった時はもう、あの家の中にいたの」
「なるほど……今度会った時は、タナトスに何かお礼をしなければいけませんね」
クオンは微笑みながらタナトスの顔を思い浮かべる。
「あ、そうだ。リーヴ、もう能力は使えるの?」
「えっとね……ごめん、まだだめみたい。多分、わたしが死んでたから、1日休んだことになってないんだと思う」
「そっか…あと1日はここに居るって事だね」
「ごめんね、足を止めさせちゃって」
「大丈夫大丈夫。そうだ、一緒に街に行かない?おいしい物がいっぱいあるんだよ」
「ふふ…いいね。クオンとサンサーラも、よかったら行こう?」
「おお、ワタシまで誘ってもらえるとは。タナトスの言う通り、やはりアナタは善性の塊のようだ」
リーヴが生き返った事によって、徐々に和気藹々とし始める一行。しかし、その時だった。
「…!皆さん気をつけてください!死の気配が…迫って来ています…!」
クオンが死の気配を感じ取り、上空を見つめて警戒を強める。いつの間にか空は禍々しい赤色に染まり、どこか覚えのある雰囲気を漂わせていた。
クオンの方も、この死の気配には覚えがあった。何よりも悍ましく、何よりも恐ろしく、そして何よりも禍々しい気配だった。
「この感覚…まさか…!」
セラも異変に気づいて、双剣を構えて警戒する。その瞬間、空に一筋の亀裂が入り、そこに赤黒く禍々しい眼が開いた。そして赤黒い魔力が渦を巻き、その中から『それ』が現れた。
「…やはり『刀鬼』を送って正解だった。使徒である彼女の目を通して見たここに、私が葬った筈の者の気配を感じて来てみれば…蘇生されているとはね」
「真月…!」
セラはリーヴを殺された時の感情を思い出して、真月を鋭く睨みつける。
「この方がリーヴさんを殺したという存在ですか…確かに、ワタシ達とは次元の違う存在ですね」
サンサーラも錫杖を構えて臨戦態勢に入った…のだが。
「誰だ君は」
真月の腕の一振りと共に、サンサーラの上半身が消し飛んだ。
「えっ…!」
「まぁいい、言った筈だしね。『何度だって君を殺す』と」
真月は赤黒い魔力を解き放ち、周囲の竹林や大地を揺るがす。吹き荒れる真月の魔力に触れた植物や小動物は、徐々に身体が赤黒く変化していき、最終的には動かなくなった。
「どうしよう、サンサーラが…」
「お2人とも落ち着いてください。多少復帰に時間はかかるでしょうが、サンサーラは無事です」
「セラ…」
ふと真月と目を合わせてしまったリーヴは、小動物のようにセラとクオンの後ろで縮こまる。セラの服の端を『ぎゅっ』と掴んでいるその姿は、まるで助けを求める迷子のようだった。
「…うん。分かった。今度こそ…リーヴは死なせない…!」
そう啖呵を切ったセラだったが、実際のところはかなり焦っていた。理由は単純で、真月と渡り合えるビジョンが全く見えないからである。
「何ともまぁ…哀れな覚悟だ。来るがいい、私の妨げになると言うのなら…天地万象さえ穢してみせよう」
そう言うと、真月は上空に無数の眼を出現させて、そこから赤黒い光芒を雨のように降り注がせる。光芒は1つ1つが地面を抉る程の威力で、光速で動けるセラはともかく、クオンは避けるのが精一杯だった。
「絶対に負けない…あたしが守る…!」
セラは果敢にも真月に斬りかかるが、当然の如く真月には攻撃が通用しない。
「……痒い」
セラの攻撃を無効化した真月が手を翳すと、真月の背後から悍ましい量の茨が次々と出現して、3人の身体を貫かんとする。
「…!リーヴさん!」
何とか茨を捌いているクオンがリーヴに目を向けると、茨から逃げ惑うリーヴが、何かに躓いたのか転倒しているのが目に入った。
「うぅ…」
リーヴが立ちあがろうとしている間にも、無数の鉄線がリーヴを狙う。
「危ない!」
その時、セラがリーヴの前に割って入り…
セラの腹部が鋭い茨に貫かれた。
「セラっ…!」
「大…丈夫、心配しないで。内臓は…外れてるから」
とは言いつつも、セラの口の端からは一筋の血が流れ出ている。
「ごめんね…!わたしが、転んだせいで…」
「気にしない…で、本当に…平気だから」
それでも、セラは未だ立ち上がれないでいる。
「リーヴさん、セラさんを連れて下がってください。ここは私が引き受けます…!」
「ほう……確かに、君なら少しは楽しめそうだ」
真月が不敵そうな笑みを浮かべた時、激しい雷が真月を襲う。そして、錫杖を持った修行僧が悠然と歩いて来る。
「ワタシを忘れてもらっては困りますよ」
「サンサーラ……油断は禁物です」
「ありきたりな台詞ですねぇ…」
その直後、クオンが地面を鎌で抉るように斬り上げて、4つの紫色の波動が真月に飛んでいく。
「これは…死か。良い力だね」
すかさず、サンサーラが輪廻天将を召喚してその太刀を振るわせる。
「斬り伏せなさい、輪廻!」
天将の本気の一太刀は凄まじい威力で、普通ならば食らった時点で跡形も無く消滅している程だった。しかし、今の相手は『普通』とは対極に位置する存在である。
「無傷ですか…やる気失せますねぇ」
「…はい」
「そういえばエタナクス、アナタは何故全力を出さないのですか?今は出し惜しみなどしている場合ではないと思いますが」
「…それは…」
どうやら、クオンにはまだ隠された力があるようだった。その時、真月が上空に一際大きな眼を開眼させる。
「お喋りは終わりだよ。君達の命も、この星もね」
そして、眼の中心から一筋の赤黒い光芒が放たれた。それは地面に着弾した瞬間にドーム状の大爆発を起こし、クオンとサンサーラの身体を巻き込んでいった。
一方、負傷したセラを連れて逃げているリーヴは…
「はぁ…はぁ……セラ、大丈夫?ちょっと休む?」
「平気…だよ。早く、遠くに逃げなきゃ…真月が…うっ…」
リーヴに肩を借りて歩いているセラは、とうとう痛みに耐えきれずに膝をついてしまった。セラが空いた右手で押さえている腹部の傷穴からは、赤い血がじわじわと流れ出ている。
「セラ!」
「ふぅ……ふぅ…ごめん、もう大丈夫…行こう…」
2人が再び歩き出そうとしたその時…
「これが『友情』という物なのだろうね。無論、私には理解出来ないが」
追いついた真月が2人の道を阻んだ。
「リーヴ…下がっ……きゃっ…!」
セラがよろよろとリーヴの前に出るが、真月に茨で拘束されてしまった。
「今思いついたんだ…ただ君を殺すのではなく、君の大切な物を目の前で壊してから…完膚なきまでに穢してから、君を殺す。そうした方がすっきりするだろう?」
その真月の言葉から、リーヴは最悪の想像をする。その想像の通り、セラの周囲に大量の茨が生成される。
「…待って、だめ!殺さないで!セラはわたしの…最初にできた友達だから…わたしを守るって…言ってくれた人だから…!」
「だから殺すのさ。分かってないね、君も」
こんな状況に陥っても尚、敵である者に懇願して泣き叫ぶ事しか出来ない自分を、リーヴは心底恨んでいた。
「…わたしは」
リーヴは肩を小刻みに震わせたまま、俯き気味に話す。
「わたしは…今まで、沢山セラやクオンに守ってもらってきた」
「急にどうしたんだ…遺言かい?」
「なのに…わたしはまだ、2人に何も返せてない。だからせめて…今だけでも…!」
「わたしも!セラを守りたいの!」
リーヴは感情のままに気持ちを言葉にして叫んだ。それは本人からしたら、少ない語彙を絞って放ったただの叫びのつもりだった。だがその時、奇跡は起きた。
「…?これは…」
優しい銀色の光が周囲を包み、真月が生み出した禍々しい空や凶悪な茨などが全て消滅した。セラの身体もリーヴの下に戻り、何が起こったかいまいちよく分かっていないリーヴは、セラを背負って再び逃げ出そうとする。
しかし、何か違和感を覚えてふと後ろを振り返る。
「…?何で…真月は追いかけて来ないんだろう」
正直なところ、もうリーヴは疲労で今にも倒れてしまいそうだった。故に、この予想外の出来事は少しありがたかったのだ。リーヴが真月を警戒しながら休んでいると、真月の独り言が聞こえて来た。
「その力……あり得ない。であれば彼女は違う…?」
そして独り言を言い終わると、真月はリーヴに声をかけた。
「すまないね、人違いだったようだ。迷惑をかけた」
真月の謝罪からは謝ろうという気持ちが微塵も感じられなかったが、この際それはどうでもいいだろう。
「じゃあね。もう会う事は無いだろうから、安心して眠るといい」
真月は赤黒い魔力に身を包み、姿を消した。一気に緊張が解けたリーヴはその場に座り込んで、大きな溜め息を吐く。
「ふぅぅぅ……よかった、何とかなった…」
「……けほっ…!」
その時、リーヴが背負っているセラが咳き込んだ。
「あ、まだ何とかなってない。急がないと」
リーヴはなるべく速く、サンサーラとクオンの元に向かった。
今回使用された技
真月
・天穹より降り注ぐ終焉
→広範囲多段ヒット攻撃。言わずもがな派手かつ高火力で準大技みたいな位置だが、真月はこれをメラくらいの感覚で撃ってくる
・氾濫する疼痛
→茨いっぱい出すやつ。ちなみに形状はある程度変更可能で、気分によっては茨になったりする。攻撃、牽制、緊急防御など幅広く運用出来る真月のお気に入り
・天地灼滅の星芒
→真月の大技。台詞の通り、星の1つや2つくらいなら余裕で吹き飛ばす威力。今回のやつはリーヴを巻き込んで殺さない為にかなり威力を殺している




