第79話 仄紅の夜
「目的は達成した。さっさと帰るぞ」
流離が刀に付着した血を払って鞘に収めた時、セラはハッと我に帰った。流離の実力に見惚れている場合ではなく、セラの中にはとある疑問があったのだ。
「ちょ、ちょっと待って…!」
「何だ?まだやる事でもあるのか?」
「そうじゃなくて…その…何で流離はそんなに強いの?」
流離の外見年齢はセラとさほど変わらないように見え、年上だとしてもせいぜい誤差程度の年齢差だろう。セラは自分を強いと思っている訳ではないが、自分とそう年齢が違う訳でもない流離がここまで桁違いの実力を持っている理由を知りたかったのだ。
「さぁな。少なからず生い立ちが関係しているとは思うが…生憎、俺は俺の過去について話すつもりは無い。別にお前達の事は嫌いじゃないが、そう気分の良い話でも無いからな」
「そう…なんだ。ごめん、嫌な事思い出させちゃったかな…」
セラはリーヴが生き返った時の為に、なるべく強くなっておきたかった。なので、扱う武器が似ている流離に何か助言をもらおうと思っていたのだ。
「構わない。過ぎた事だ…強くなりたいのなら、1つ覚えておいた方が良い事がある」
「そんなのがあるの?」
「ああ、この世界の法則のような物でな。どうやらこの世界では強い感情を抱くと、その感情の大きさなどに応じて魔力やら異能やらが強化されるらしい」
「つまり…強い感情を抱けば強くなれるって事?」
「まぁそう言う事だ。お前が強くなりたい理由は知らないが…その想いが本物なら、いつか実を結ぶかもしれないな」
「想い……うん。ありがとう、流離」
セラは今一度、リーヴを守るという決意を固めた。
その時、今度はクオンが何かを思いついたように言う。
「流離さん、私からも1つ」
「何だ」
「あなたは…何の神、いや…何の概念種ですか?」
「は?」
その言葉は、セラにとっても驚きの一言だった。
「流離が…神?」
「あなたの強さは…はっきり言って人間の枠を超えています。先程の戦闘の様子を見るに、あなたは血の神か何かでしょうか?」
「いや…俺はただの人間だぞ」
「だよね…?」
「えっ…そんなはずは…」
クオンはこっそりと流離の魂を覗き見てみる。すると…
(この色は…どうやら流離さんは本当に人間のようですね…)
「…どうした?」
「いえ…あなたの実力に感心していただけです」
こうして、3人は街へ戻った。そこからはやたらトントン拍子に事が進んだ。将軍に解決を知らせ、セラ達が細やかな謝礼を受け取ったりしていると、気づけば外は夜になっていた。
「そろそろ…お別れですね」
「ああ。短い間だったが、お前達と居る時間は悪くなかった。縁があれば、いつかまた会おう」
「うん。じゃあね、流離」
流離は背を向けて去ろうとしたが、ふと何かを思い出したように振り返った。
「…1つ、言いたい事がある」
「何でしょうか?」
「お前達が昼に聞いた…俺の旅の目的の話だ」
正直なところ、セラとクオンはその事をすっかり忘れていた。しかし流離がその話を持ち出した事によって、再び興味が湧き上がってくる。
「俺の目的は…『生きる理由を探す為』だ」
その時、セラはリーヴの事を思い出していた。まだ2人が旅を始めたばかりの頃に、リーヴも似たような事を言っていたからだ。
「流離は…生きる理由が分からないの?」
「ああ…俺はある事をきっかけに、この世界で生きる理由が分からなくなった。それを求めて、俺は知り合いに星々を移動する魔法を習って旅をしているんだ。もしかしたら…俺の強さはその『空虚』という感情から来ているのかもしれないな」
「それが言いたかったんですか?」
「違う。お前達に聞きたいんだ………俺はこの先…生きる理由を見つけられると思うか?」
その問いには、2人はすぐに答える事が出来なかった。
「…時折考えるんだ。俺はこの先生きていて…何の意味がある?全て……いや、多くを語るのはよしておこう」
「…見つけられますよ」
意外にも、セラより先にクオンが答えた。
「…その理由は?」
「正直なところ…理由はありません。ただ…あなたの人生は今後も続いていきます。あなたの命の目的を見つけるまでは、『目的を見つける事』を目的にしてはどうでしょうか。ゆっくりでいいんですよ。根拠が無いと言われてしまえばそれまでですが…きっと、あなたにも生きる理由が見つかりますから」
『命』に関する話になると、クオンは比較的饒舌になる。やはり専門分野だからこそ、自分なりの確固たる意見があるのだろうか。
「…そうか」
その時、流離は少し安堵したような微笑みを見せた。
「時間を取らせたな。感謝する…また会おう」
そうして、流離はどこかへと去って行った。
「…良い人でしたね」
「クオンの話も良かったよ。やっぱり生きてる年数が違うから、話に説得力があるなぁ」
「うぅ…年齢の話はしないでください……気にしてるんです…」
「ご…ごめん」
その時、街の外の竹林…つまり、サンサーラの家の方から轟音が聞こえてきた。
「今の…」
「サンサーラの方で何かあったのかもしれません…行きましょう、セラさん」
2人は夜の街を駆けていった。
一方、それとほぼ同時刻。流離が夜の街を歩いていると、目の前に長く美しい白髪を携えた少女が現れた。
「お疲れ様、流離。トラブルは何とか出来たかしら?」
「…お前か。出てきて大丈夫なのか?」
「もう…何度も説明してる筈よ。実体を持たない状態なら、少しの間なら現実にも来れるの」
「少しずつしか戻って来ない力を不用意に使うなと言っているんだ」
「大丈夫って言っているのに…」
「それより、奴は?」
「…もうこの星には居ないわ。でも場所は分かる…という事は、ここからそう遠くない星の筈よ」
「分かった。明日向かう」
「ええ。おやすみなさい、良い夢を見てね」
そう言い残して、白髪の少女は微かに輝く泡となって消えた。静寂に包まれた流離は、空を見上げて1人呟く。その空には、仄かな紅に染まった月が浮かんでいる。
「俺の転機となる日は…往々にして月が赤いな」
そして、流離は夜の中へ消えて行った。




