第76話 知らなかっただけだ、本当だ
滞在許可を得ていない『不法滞在者』として将軍の目の前に連れて来られたのは、先程団子屋で出会った青年、流離だった。
「流離さん…何やってるんですか」
「滞在許可貰って無かったんだ…」
「いや違うんだ。話を聞いてくれないか」
何も違わないと思う。流離は表情こそ変えなかったが、先程話した時より若干早口で弁明を始める。
「あれは…丁度1時間程前。お前達と別れた直後の出来事だ」
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「…ふぅ。俺の故郷発祥の好物が他の星にも伝わっているとはな。嬉しい限りだ」
流離は未だに微かな湯気を立てている緑茶を飲み干し、声を出しながら軽く手を挙げる。
「店主、勘定を頼む」
「はいよ。ところでお客さん、この辺りに不法滞在者が居るって話は聞いた事があるかい?」
「不法滞在者?」
「ああ。文字通り、この浮月に滞在する許可を貰ってない人間の事さ。特徴としては、丁度あんたくらいの長さの黒髪と、腰に差した刀だそうだ。いやぁ怖いねぇ。治安局が早く捕まえてほしいもんだ」
(…それ俺じゃないだろうな)
流離は冷や汗をかきながら、動揺を悟られないように店主と会話を続ける。
「…他の特徴は無いのか?ここで過ごす以上は気をつけておきたいんだが」
「他には……ああ、目が綺麗な緋色だって聞いたなぁ」
(…俺じゃないか)
「…?お客さん…汗かいてるよ?大丈夫かい?」
「あ…ああ。平気だ。少し厚着をし過ぎたみたいでな」
「そうかい…ま、特徴はさっき伝えた通りだから気をつけな!」
その時、団子屋の戸が勢いよく開かれて、2名の治安組織の人間が顔を覗かせた。
「治安局だ!『この店に不法滞在者が入っていった』と先程通報があったぞ!」
「あっ」
「お前だな!将軍様の下へ連行させてもらう!」
「えっ」
そのまま、流離はここへ連れて来られたという。
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「…という訳だ。俺はその規則を知らなかっただけなんだ。酌量の余地は無いだろうか」
「いや、うーん……これは…どうなんだろうか…」
将軍も困惑している。誰が悪いかと聞かれればそりゃ情報収集を怠った流離が悪い。が、流離に悪意などは毛頭無く、本当にただ単純にその仕組みを知らなかっただけなのだ。まぁそれでも悪いのは流離だが。
「…よし。事情を考慮して、本来2週間である拘禁期間を1週間にしよう。それでどうだ?」
『どうだ』も何も決めるのはあんただが。一応酌量の余地を認められた流離は、それでも尚僅かに顔を顰める。
「1週間でも惜しいんだ……そうだ、何か代わりに浮月の厄介事を解決しよう。それならどうだ?とにかく、長い間この星に縛り付けられるのは避けたいんだ…」
サンサーラの言う通り、将軍は話の分かる性格だった。流離にも何か事情があるのだと察した将軍は、流離に話を持ちかける。
「…なら君の言う通り、厄介事を処理してもらおうかのう」
「恩に着る」
「今ある問題は2つ…街や街の外で被害が出ている正体不明の人斬りと、街の外の荒地に突如出現した漆黒の大蛇のような魔物じゃ。どちらか1つだけでもいいぞ」
その話を聞いた流離は、突然目を見開いた。感情が昂ったのか、流離の周囲には血のように赤黒い魔力の奔流と、彼岸花の花弁のような物が舞い散っている。
「漆黒の大蛇か……フッ。どうやら…俺と貴様には切っても切れない因縁があるようだな」
どうやら、流離は大蛇の魔物に何か心当たりがあるようだった。
「大蛇の方を選ぶのか?」
「ああ。待っていろ」
短く言い残すと、流離は入り口から出て行った。それをずっと眺めていたセラとクオンは顔を見合わせる。
「えと…どうしよっか。この後はやる事も特に無いよね?」
「知らない方ではないですし…お手伝いしましょうか」
2人は流離を追いかけていった。




