第72話 ごめんね
リーヴは真月によって殺害された。その事実を未だ受け止められないセラは、リーヴの亡骸を抱いて涙声で呟き続けている。
「ごめんね……ごめんね……守るって言った側から、こんな…」
リーヴの身体はすっかり温度を失っており、さっきまで生きていたとは思えない程の冷たさだった。
「あたし…謝ろうって思ってたんだ。あのおかしな星で、変な信者達と戦った時…リーヴの手を乱暴に振り払っちゃったよね。ごめんね…君は、あたしの事を思ってあたしの手を掴んでくれたのに……あはは…変だよね。もう君は……っ…いないのに…いなくなってから、こんな事言ってさ…」
そしてその時、リーヴの身体が塵に分解され、風に飛ばされていった。
「…」
遺体が無くなっても尚、セラはその場所にしがみついていた。ふと身体の下に違和感を覚え、手で探ってみる。
「これは…?」
そこにあったのは、端に微かにクリームが付いた、綺麗に折り畳まれたピンク色の巻紙だった。その特徴から、セラはこの紙の正体に気づいた。
「これ…あの時の……」
それは、この前訪れた星で食べたクレープの巻紙だった。普通なら捨てる物だが、リーヴにとっては沢山の『初めて』の象徴であり、セラとの思い出の象徴でもあったが故か捨てられなかったのだろう。
「…あはっ……こんなの…取っておいて何になるのさ…」
セラは度を越した悲しみのあまり、泣く事すら出来なかった。楽しかった日々の記憶が鮮明に蘇ってくる。泣き声は出していない、否、出す事すら出来ていない筈なのに、何故か涙だけはダムが決壊したかのように溢れ出てくる。
「…」
その場には、ただただ重苦しい雰囲気が漂っている。セラは拾った巻紙を握りしめて涙を流し続けている。一方で、クオンは何か考えがあるようだった。
「…セラさん」
「…」
セラからの返答は無い。当然だろう。クオンとは違って、セラはまだ20年も生きていない人間だ。他者の死になど慣れている筈が無い。
「そのままで大丈夫ですから、落ち着いて聞いてください」
クオンの声は優しさに溢れていたが、やはり辛さを隠しきる事も出来ていないように感じられた。
「リーヴさんを、助けたいですか?」
「…」
セラは蹲ったまま、小さく首を縦に振る。しかし、セラにも何か思う事があるようだ。
「…でも」
「はい」
「でも…もしリーヴを助けられても、またあの人が殺しに来たら…?大切な人が、何度も殺されるところを見なきゃいけないなら……いっそ…」
『助けない方が良い』。セラ自身は口にしなかったが、クオンにはしっかりとセラの気持ちが伝わっていた。自分も似たような気持ちを味わった事があるからだ。親しい者の死を幾千回と見届けなければならないのなら、いっそ自分が死ぬか、もう『親しい者』自体を作らないようにしたい、と。だからこそ、クオンは依然として優しい口調で語りかける。
「『今度こそ私達が守れば良い』とは言いません。そんな言葉、気休めにしかなりませんから」
「クオン…」
「あなたの気持ちの問題です。細かい事は抜きにして…あなたはもう一度、リーヴさんに会いたいとは思いませんか?」
その言葉で、セラは目が覚めた。
「…うん。思えば…別れはいつか来る物だもんね。だけど…あんな別れ方は絶対に嫌だ…!」
やっと涙が収まったセラを見て、クオンも一安心する。
「どうすれば、リーヴを助けられるの?」
「それが……私の友人を訪ねなければならなくてですね」
「さっき言ってた、この星に居る友達って人?」
「はい……ですが、その…彼は…」
どうやら、クオンはその『友人』に会いたくなさそうだった。
「…いえ、行きましょう。リーヴさんの為にも、少しくらいは我慢しなくては」
こうして、2人はリーヴを救う為にクオンの友人を探し始めた。




