第70話 禍威
技紹介のフォーマットはちょくちょく変わります
許してください
あの奇妙な悪夢から目が覚めたイデオは、自身の眼前に変わらない様子で真月が立っている事に気がつく。真月はイデオに気づくと、軽く手を振りながら呼びかける。
「おや…帰って来たのは君か。まぁ誰でも関係ないが」
「何なんだ…何なんですかあの空間は!」
「言っただろう?『遊ぼう』と。ただの遊びさ。戦闘の軽い前座だよ。帰って来れた記念として、簡単に説明をしてあげよう」
真月は依然として気味の悪い微笑みを浮かべながら、軽く両手を広げて説明を始める。
「言ってしまえばただのNGワードゲームだ。特定の言葉を発した人間を即座に死亡させる…そういう遊びさ」
「NGワード…?『アレ』がそうだと?」
「ああ。1つ特殊なルールとして…ゲーム開始時に1人だけ、NGワードを知る者が現れる。その者にはその言葉を『言わなきゃいけない』という気持ちと、その言葉に対する『異常な恐怖』を同時に植え付ける…そして、その言葉が何であるかを知った者は、またその2つの感情を植え付けられる。これが最後の1人になるまで続くという訳だよ」
イデオは戦慄した。特に『何に』戦慄したのかは言い表せなかったが、とにかく、真月は生物としての次元がまるで異なっているように感じられた。自分も人の事を言えた立場ではないが、真月は真に他者の命をどうとも思っていない。自分の為の贄とすら思っていない。ただの壊れたらすぐ捨てられるような、言わば『替えの効く玩具』程度にしか思っていないのだ。
「で…君は私に立ち向かうつもりだったね。いいよ、来ればいい。私からは動かないよ」
真月は両手をポケットに入れたまま、顎を少し上に上げてイデオを見下すような体勢になる。一方、イデオにはもう戦意など無かった。今さっき生物としての次元の違いを知ったというのに、今更真月と戦う気など起きないだろう。イデオが立ち尽くしていたその時、真月が唐突に口を開く。
「…気が変わった。やはり殺そう」
「…は?」
イデオがその発言の意味を理解するより先に、イデオの左腕が真月によって斬り飛ばされる。
「…っ!ぐぅ…!何故…!」
「…?私の方こそそう問いたい。君は地震や竜巻が人命を奪った時、それらに『何故?』と問うのかい?」
その時、イデオは反射的に真月に向かって全力で光球を飛ばしていた。戦おうなどとは考えていない、単なる生物としての防衛本能から来る行動だった。光球は確かに真月の顔面に直撃して大爆発を起こした筈だが、真月は平然とイデオの顔を見つめている。当然、その顔に傷は皆無である。
「…化け物め…!」
イデオの苦し紛れの発言を意に介さず、真月はイデオの背後にて無惨な見た目で転がっている信者達に向かって何かを呟く。
「…死して尚立ち上がれ、傀儡のように」
その時、イデオの後ろから聞くに耐えない声が響く。
「ああああああああっ!!痛い…!痛いぃぃぃ!」
「何だこれぇ…!私の…首が…!腕がぁぁ…!!」
振り向くと、身体がバラバラになったり全身を串刺しにされたりして死んでいた筈の信者達が、意識だけを取り戻しているようだった。不死にでもされたのだろうか。イデオは彼らの気持ちを想像して、思わず血の気が引いていく。
「さて…私は最近、知り合いを真似て新しい技を習得してみたんだ。実験台になってもらうよ」
真月は両手をポケットから出して、左手の指を鳴らす。すると、イデオを取り巻く周囲の様子が明らかに変わっていき、気づけばイデオは赤黒く禍々しい空間に居た。真月の背後には大量の十字架が立っており、そこには銀色の鎧に身を包んだ戦士や、気品を感じる衣服を纏った男などが磔にされ、全員が茨で腹部を貫かれている。反応を見るに、彼らも意識だけはあるのだろう。
「何ですかここは…!」
「ここは私の領域の中さ。この空間自体は元からあったけど…ここを戦闘に活用するという発想は無かった」
「くっ…!」
イデオは続けて大量の光球を飛ばして真月に対抗するが、やはり真月には微塵もダメージを与えられない。何なら、真月が身に纏う衣服にすらダメージが通っていない。
「痛みよ…私に集え」
真月が両手を広げると、イデオの背後で響いていた呻き声が突然止まり、遺体から赤黒い魔力が真月に吸収されていく。
「…うん。この程度でいい」
真月はイデオに向かって手を翳し、口元で何かを唱える。
「聞け、私が宣告する」
その瞬間、イデオの頭上には血で書いたような『13』の字が浮かんだ。
「…?」
イデオは困惑するが、その困惑の間に頭上のカウントは『12』になる。
「これは…?」
「細かい事は面倒だから言わないけれど…そのカウントが0になるまでに、私を倒した方がが良い」
「な…!……倒せ…なければ?」
「死ぬよ」
「……うあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
イデオの戦意はとうにへし折られていた。だが抵抗しない訳にもいかないので、自棄にも似た感情のままに光球を飛ばしまくる。
(早く…!早く!早くこの状況を打破しなければ…!)
イデオが焦れば焦るほど、そのカウントが減る速度は速くなっていく。真月は一歩も動かず、指一本すらも動かさずに、イデオの弾幕をただ受け続けている。
「…5」
真月は微笑みを浮かべながら、無情にも減っていく数字を読み上げる。
「…4」
3。
「…2」
1。
「0……ゲームオーバーだ」
「そんな…待っ…!」
イデオの懇願も虚しく、イデオは身体中の穴という穴から赤黒い茨が飛び出して死亡した。そして、真月の背後の十字架に磔にされた。
「…ふぅ、ようやく邪魔が消えたか。少し遊び過ぎたね」
真月は領域の外に帰り、夜空を見上げながら呟く。
「さて、あの灰髪の少女だ…あの気配……うん。確証は無いが…行こう。彼女らの恐怖が…私の道標になる」
真月は赤黒い魔力の渦に身を包み、どこかへと去っていった。
今回使用された技
真月
・禍津比良坂
→領域魔法。領域内の全ての生物に心身の不調を与え続ける。また、この領域内で死亡した場合は乱立している十字架に磔にされて永遠に苦痛を味わう事となる。
・死して尚、傀儡の如く
→言葉の通り対象を不死にする。死体にも発動できるが、傷が治る訳でも痛みが無くなる訳でもなく「ただ死なないだけ」の状態になる。
・惨苦の叫声、我が糧となりて
→付近の生物が感じた痛みの量に応じた自己強化。「死して尚、傀儡の如く」との相性が良いが、発動時に対象にかけた「死して尚、傀儡の如く」を全て解除する。
・十三刻の宣告
→心拍5回を1カウントとして13個のカウントを対象に付与する。カウントが0になった者は即座に死亡する。
災害と戦おうなんて誰も思いませんよね




