第68話 真なる月
空を埋め尽くす程に巨大で、赤黒く禍々しい眼がリーヴやイデオ達を見下ろしている。そんなどう見ても良い物ではない眼を見て、イデオは歓喜の涙を流しながら天を仰いで呟く。
「ああ…遂にいらっしゃったのですね……マガツキ様…!!」
空に浮かぶ眼は瞬く間に増殖していき、より一層不気味さが増す。
「セラ……なにあれ…怖い…」
「あ…あたしも分からない…」
2人が狼狽えていると、空の眼の1つから赤黒い光芒が放たれて、リーヴ達とイデオの間に着弾する。それによる濃い土煙が晴れた時、そこに立っていたのは1人の青年だった。男にしては長めの髪型に、前を閉めた黒い外套を着用している。
「…君達かい?私を執拗に呼んでいたのは」
「は…はい!ああやっと…やっとお会いする事が…!」
イデオは涙を流しながらマガツキ様と目を合わせる。その時、彼は己の過ちに気がついた。
(な…何だ…この方の目は……目の前に居る私も、その先の風景も…何も映していないかのような…」
そしてその時、イデオは反射的に口を押さえる。
(何が起こった…!?今、私は途中から考えを口に…!)
そんなイデオの戸惑いには気づかず、後ろに居る沢山の信者達は先程のイデオのように歓声を上げている。
「…煩い」
だが、マガツキ様は両手を外套のポケットに入れて微動だにしないまま、後ろの信者達を半数程、身体を真っ二つに引き裂いて瞬殺した。
「な…!マガツキ様、何を…!?」
「その呼び方はやめてくれないかい?私の名は『真月』……この世界の負の概念を、『穢れ』を体現する者だ」
イデオはこの時初めて、自分が次元の違う怪物を召喚してしまった事を自覚した。と、その時、リーヴ達の後ろからクオンが合流した。
「リーヴさん!セラさん!無事ですか?」
「あ…クオン」
そしてクオンは、合流するなり真月を凝視して1歩、2歩と後退りをする。
「り……リーヴさんは、あの黒い外套の方を見て…何も感じないのですか?」
「え…?マガツキ様って呼ばれてた割には、普通っぽい人が出てきたな、って思ってたけど…あ、でも穢れの概念種だって、いってたよ」
「リーヴ…それ……本気?」
セラまでもが、身体を小刻みに震わせている。
「セラまで…あの人が、どうかしたの?概念種なら、何回か相手したこと、あるよ?」
その瞬間、クオンがリーヴとセラの服の袖を掴んで訴える。
「駄目です…あれは駄目…関わってはいけない存在です…!リーヴさんがあの方を恐れないのは…あの方が恐れるには大き過ぎる存在だからです…!」
「そんなに、まずいの?」
「まずいなんて次元ではありません…!あれほどまでに濃い死の気配は初めて感じました…!リーヴさん、もう能力は使えますか?」
「…うん、使えるよ」
「なら今すぐにでもここから離れましょう…!」
「え、でも…」
「リーヴさん…!お願いです!あなた達を死なせたくないんです!」
普段は大して感情を表に出さないクオンが、涙目になりながら懇願している。普段は他人との接触を避けているクオンが、2人の服を必死に掴みながら叫んでいる。リーヴもこの事態の深刻さを察して、虹色のトンネルを作り出した。
「行ってください、早く…!」
こうして、リーヴ達3人は別の星へ避難していった。
「今の…灰髪の少女…」
一方、真月はリーヴ達の姿が見えなくなるまでリーヴを見つめていた。
「…まぁいい。それより、君達は何の用事で私を呼んだ?」
「先代の司祭と同じ力を…私めにもお授けください!その為に、あなた様に捧げる贄も用意致しました!」
「先代……ああ、思い出した。前この星に来た時、気まぐれで1人を『使徒』にしたね。そうか、彼が…フフフ…」
真月は気味の悪い笑みを浮かべた後に、イデオに向かって問う。
「力を与えるのは構わないけれど…君はその力で何をすると?」
その問いに対して、イデオはやたら自信ありげに答える。
「あなた様を理解しない者や、この世に在る全ての罪を裁く為です!私の異能はその為にある…それが私の使命なのです!」
声高に宣言するイデオだったが、その目の輝きとは裏腹に、真月は顔から微笑みを消した。
「罪を裁く…?」
明らかに様子の変わった真月を前にして、イデオも他の信者達も動揺する。
「私がどんな存在が知っての発言か?」
「ど…どういう意味で…?」
「私は悪」
真月は一歩前に出る。
「私は穢れ」
真月は一歩前に出る。
「私は罪」
真月は更に一歩前に出る。
「君は…私を裁くと言うのだな?」
「め…滅相もございません!敬虔なる信者である私が、どうしてあなた様を裁くなどと…」
真月は右手だけをポケットから出して、軽く指を鳴らす。すると、赤黒い斬撃が飛び交ってイデオ達の左目を潰す。
「反論は許さない。次は無い」
この時ようやく本気で命の危険を感じたイデオは、自身の能力を真月に使おうとして天秤を取り出す。しかし…
「て…天秤が、壊れ…!」
真月に魔力を込めた天秤を向けた瞬間、イデオの天秤は粉々に砕け散った。これに関しては真月が何かをした訳ではない。真月の罪の重さが、人間如きに量れる程度の量ではなかったのだ。
「私に立ち向かうか…良いだろう。戦うのも久しぶりだ、少し遊ぼうか」
真月が空虚な微笑みを浮かべて指を鳴らすと、イデオ達は意識を失った。
ボス(?)キャラ解説
【神すら恐れる天禍】真月
種族 概念種
権能 「穢濁」
今話で使用した技
・白花車の零落
→広範囲、高速、高火力の斬撃。真月の通常攻撃みたいなもの
概要
凶月教が崇拝していた「マガツキ様」の正体。概念種の中でも別格の存在で、詳しい事は後々語られるが実は厳密には概念種ではない。でも概念種という認識で大丈夫。常に微笑んでいるのは決して性格が温和だからではなく、自分を含めた全ての事に大した関心を向けていないから。本文に出てきた「使徒」というのは真月の直属の部下で、フルネームは「赤月の使徒」である。




