第66話 響くは妄言、招くは災禍の月
遂に凶月教の司祭であるイデオとの戦闘が始まった。それと同時に、イデオは天秤のような物を取り出して、秤の部分に赤い魔力を集め始める。
「さぁ皆さん!マガツキ様の為に!」
天秤から赤い光球が放たれ、それらは弧を描いてセラに襲いかかる。後ろの信者達も武器を持って続々と前に出る。
「リーヴ!あたしから離れないで!」
セラはリーヴを背中にして、3方向から迫り来る狂信者達に刃を向ける。光球を軽く捌き、セラは正面の信者を容赦無く斬り殺す。そして右の信者に対しては光線を放って焼き尽くし、左の信者は剣を垂直に振り下ろして一刀両断した。
「…っ」
その時のセラは、どこか苦しそうな顔をしていた。
「セラ…辛そう。大丈夫?」
「うん…平気」
考えてみれば当然だ。セラは元来争いを好まない温和な性格で、敵とは言え人を殺すなど以ての外だろう。だが、今は自分の好みがどうだの言ってられる場合ではないのだ。リーヴもセラも、それは理解していた。
「一気に来なよ…何人でも…纏めて相手してあげる」
その後も、セラは次々と襲い来る信者達を悉く斬り、焼き殺していく。その度に、セラの美しい銀髪や色白な肌に返り血が飛び散る。気づけば、戦場である街道は沢山の遺体で埋まっていた。
「やはり素晴らしい…ですが、罪を犯すのはいけませんねぇ…特に、私の前で」
イデオが天秤を高く掲げると、天秤の両端が赤い光を放ち始める。
「さぁ…あなたの罪を秤量しましょう」
その瞬間、天秤から放たれた赤い光がセラの身体を包み込む。
「何これ…身体が重い…」
セラは思わず膝を地面につき、剣を支えにして何とか前を向いている。
「それがあなたの罪の重さ……見るに、今まで相当な数の命を奪ってきたのでは?」
それを聞いたリーヴは、内心で少し首を傾げた。
(セラが沢山の命を…?たしかに魔物とかは殺してたけど、それは沢山ってほどじゃない……もしかしなくても、セラの過去となにか関係があるんだろうけど…だったら昔のセラは、どんな風に生きていたんだろう)
一方で、セラもその台詞を聞いた瞬間に頭が痛んだ。恐らくはイデオの台詞が引き金となり、セラの脳内に過去の記憶と思しき映像が流れていたようだ。
「…これは…?これが…あたし?こんな事をしてるのが…?」
セラは明らかに動揺している。そしてその隙を突いて、2名の信者とイデオの光球がセラに襲いかかる。
「セラ!」
リーヴの呼びかけによって、セラは間一髪で意識を戦闘に戻せた。だが身体の重さは変わらず、光球は捌けたものの信者が持っていたナイフで、セラの腕と頬が切りつけられてしまった。
「これくらい…!」
セラは信者達を蹴り飛ばし、再び武器を握ってイデオ達に立ち向かおうと歩み出る。だが、そんなセラの腕をそっと掴む人影があった。
「…リーヴ?」
「もうだめ…戦わないで…!まだ敵はあんなにいるのに、セラ1人じゃ…!」
リーヴは今にも泣き出しそうである。守ってもらっている立場とはいえ、リーヴとしてもセラが傷つくのは見たくないのだ。
「わたしの能力もあと少しで使えるから…!クオンと合流して、それまで逃げよう?わたしはもう…セラが辛い思いをするのはやだよ…」
「リーヴ…」
だが、セラは初めてリーヴの手を振り解いた。状況が状況なので、少し乱暴になってしまった。
「…退けば負ける。負ければ死ぬ…あたしは死なない、負けない、絶対に退かない…!」
セラは長時間の戦闘やそれによるストレスで、ほぼうわ言のような様子でその言葉を口にしていた。
「セラ…」
少しよろめいた足取りで自分の元から離れていくセラを、リーヴは深い悲しみと共に見つめていた。
(わたしが戦えたなら…セラにこんな思いをさせなくてよかったのに…)
しかし、セラがそれ以上剣を振るう事はなかった。何故ならば、剣を振るう気すら失せる事が起こったからだ。
セラは空が不自然に赤く光っている事に気づいて、ふと空を見上げる。
「え…」
「なに…あれ」
リーヴとセラが上を見ると、空を埋め尽くす程に巨大な赤黒く禍々しい目が、場の全員を見下ろしていた。2人は言葉を失い、セラも反射的にリーヴの元に帰ってくる。
「ああ…!遂にいらっしゃるのですね…」
イデオは歓喜の涙を流し、地面に両膝をついて天を仰ぐ。
「マガツキ様…!!」
災禍が、再臨する。
ボスキャラ解説
【凶月の"凶"信者】イデオ
種族 人間
異能 他者の罪を秤量し、重さに応じてデバフをかける
概要
凶月教の実質的なボスであり、「マガツキ様」を盲信する狂信者。名前の由来は「愚か」を意味する「idiot」から。能力は鬱陶しいが正直言って単体ならそんなに強くない。タイマンならセラにボコボコにされる。




