第65話 "凶"信者
小さな男児の悲鳴が聞こえたので、リーヴ達は隠れ家にしていた家から飛び出した。すると目に入ってきたのは、凶月教の信者達に取り押さえられているボロボロの服を着た少年だった。少年の周りに居るのは2人だが、その背後には更に沢山の信者が立っている。
「離してよ!僕のママとパパをどこにやったの!?」
どうやらその少年は、両親を凶月教の者に連れ去られたようだ。その様子を見たリーヴは、信者達の前に飛び出して叫ぶ。
「その子をはなして!あんなひどい事…もう誰にもやっちゃだめ!」
だがリーヴの訴えも虚しく、その少年は信者の群れの奥へ連れて行かれてしまった。
「っ…!待って…!」
リーヴは思わず手を伸ばすが、当然ながらその手は空を掴んで終わった。代わりに、新たな3名の信者がリーヴに向かって歩を進めてきた。そういえば、自分達も追われている立場であった。
「ヒケ…ヒケェェェェェェ…」
「マガツキィィィ……様ァァ…」
気づけば空と月が更に赤くなっている。信者達はより一層狂った様子になり、顔は布でよく見えないが、目と思しき位置からは血が流れているように見える。
「…っやだ、来ないで…!」
リーヴが後退りした瞬間、後ろから尋常ではない速度でセラが突っ込んできて、足と剣の峰で信者を3人とも吹っ飛ばす。
「リーヴ、大丈夫!?」
「セラ…!」
そしてすぐさま、リーヴ達の斜め上空から紫色の炎を纏ったクオンが信者に突撃していき、藤色の爆発を引き起こす。
「お怪我はありませんか?」
「2人とも…ありがとう」
その時、信者の群れの中から拍手と共に1人の男が歩いて来た。
「素晴らしい……生きの良いヒケだ。マガツキ様もさぞお喜びになる事でしょう」
その男は、長めの白髪に胡散臭い眼鏡をかけた神父のような見た目だった。
「一旦凶月語を使うのはやめです……私の名は『イデオ』…凶月教の司祭を務めております」
「名前なんてどうでもいい!あなた達は……どうしてこんなひどい事するの!この星の人達は何も…悪いことなんてしてないでしょ!」
リーヴは誰が見ても分かる程に激しい怒りを露わにしていた。慣れない大声を出したせいか、リーヴは言い終わった瞬間に咳き込む。
「酷い事…?勘違いですよ、灰髪のお嬢さん。これは名誉…マガツキ様のヒケ…いえ、贄となれるのは…人が目指すべき至高の名誉なのですよ!私はそれに導いているだけ…何も非道な行為ではないのです!」
その返答を聞いて、リーヴは絶句した。もちろんリーヴは全てを知っている訳ではない。この世界にどんな人間が居るのかを、隅まで把握している訳ではない。だが、ここまで理解し合えそうもない人間に出会う事があるとは思っていなかったのだ。
「…おかしいよ、あなた達…」
そして、その気持ちはセラとクオンも同じだった。
「あくまでも拒みますか…ならば良いでしょう。私が直々に贄を捕らえます!」
イデオは天秤のような形の法器を取り出し、臨戦態勢に入る。今にも戦いの火蓋が切って落とされそうだったが、その瞬間リーヴは見た。
(あ…あの子、研究所と祭りの星でみた…!)
背後の警戒の為に振り返ると、見知らぬ少年が後ろの道を走って行ったのが見えた。顔はフードに隠れていて見えないが、両袖と背面に2本の赤い縦線の入った黒いパーカーと、左肩に赤黒い肩掛けを身につけている少年だった。すぐ後ろから数名の信者が追いかけていったのを見るに、あの少年も凶月教の者に追われているのだろう。
「ねぇ、クオン」
「はい?」
「さっき、ね。後ろに男の子が走って行ったの。赤黒いパーカーを着てて、フード被ってる子。あの子も襲われてるみたいだから、行って助けてあげてほしい」
「構いませんが…セラさんは1人で大丈夫ですか?リーヴさんを守りながらだと少し厳しいのでは…」
それを聞いたセラは、さっき寝る前に胸に誓った事を思い出して、決然とした様子で言う。
「大丈夫。リーヴを守る為ならあたしは…人でも神でも…例え星でも、この光で焼き尽くすよ」
そしてセラはいつもより輝きの増した魔力を纏い、同じく輝きを増した光輪を背後に出現させる。
「…頼もしい仲間です。では、ここはお任せします。無理せず、危なかったら逃げてください」
そう言い残して、クオンはリーヴの情報を元に件の少年を探し始めた。
「歓談は終わりです…さぁ行きますよ!」
その時のセラは、無意識にこんな言葉を呟いていた。
「退けば負ける…負ければ死ぬ……あたしは…絶対に退かない!」




