第63話 不穏
今回の星、割と重要な話があるかもしれません
クオンが作った隙を突いて凶月教の信者達から逃げ出したリーヴ達。先程の集団からは逃げきれたものの、何もかもが異常なこの星に対して、3人は焦りや恐怖などの雑多な感情を抱く。
「この星…何なんだろう」
「分からない事が多すぎますね…」
何分経ったのか分からなくなるくらい走り続けたので、3人は揃って疲労困憊している。だが休む間も無く…
「見つけましたよ、新たなるヒケ!」
凶月教の追手に見つかってしまった。不幸中の幸いと言うべきか、今リーヴ達の目の前に居るのは1人だけだった。しかし、すぐに増援が現れるかもしれない。
「セラさん、リーヴさんをお願いします」
クオンは迷い無く大鎌を取り出し、地面を抉るように力強く鎌を振り抜いた。紫色の焔が斬撃の形となって追手に向かって飛んでいき、一瞬にして追手の命を奪う。
「申し訳ありません…」
クオンは武器を消して、追手の死体を見ながら小さく呟く。
「クオン、いこう」
「はい」
だが、逃げた先にも案の定数名の追手が居た。数人のグループで行動しているのだろう。リーヴ達を『何か』に捧げる為に。
「待ちなさい!待ちなさい!」
「これはノネヨ・エキロな事…マガツキ様のヒケとなりなさい」
「そんなよくわからない物に…協力なんてしたくないよ…!大体、あなた達は何が目的なの…!」
リーヴは走りながら精一杯叫ぶ。
「マガツキ様のニサワはノネヨ・ツガワチキ……マガツキ様の一瞥を頂き、マガツキ様にこのサワバをタタゼ、マガツキ様のセンドスとなるのです」
「何いってるのこの人たち…同じ人間のはずなのに、全く意味がわからない……ぅあっ」
あまり走り慣れていないリーヴは、途中で足がもつれて転んでしまった。当然、すぐ後ろには2人の信者達が追ってきている。
(あ…捕まる…)
「リーヴ!目閉じて!」
それに気づいたセラが、間一髪で光を炸裂させて追手の目を潰す。そして、呆然としているリーヴを抱き上げて遠くへと逃げ去っていった。
「くっ……小賢しい…!」
「ヒケを…見失わないでください…」
その時、呻く信者達の横の建物の屋上には見知らぬ少年が立っていた。顔はフードに隠れていて見えないが、両袖と背面に2本の赤い縦線の入った黒いパーカーと、左肩に赤黒い肩掛けを身につけている少年だった。
「ふぅん…まだ生きてたのか。それよりも……何故彼らを殺さない?追われて困るのなら、追う事を出来なくすれば良いと言うのに…」
少年は屋上から信者達の前に飛び降り、ようやく視力が回復し始めた信者達を見下ろしている。
「ヒケ……また、新たなヒケが…!」
「タタゼウ…!ガンダキ、マガツキ様…!」
飢えた獣のような様子で、2人の信者は少年に手を伸ばす。だが、少年はその手を払い除け、酷く冷淡に告げる。
「誰の許可を得て僕に触れるつもりなんだい?マガツキだかミカヅキだか知らないけど…君達のような狂人が崇拝する存在なんて、どの道碌な物じゃないだろう?そんなのと関わる気は無いよ」
次の瞬間、信者は2人とも意識を失った。
◾️◾️◾️◾️
「ゾクチが…2人も…」
「一体誰が…」
悲鳴を聞いて駆けつけた2人の信者は、その場の状況に絶句した。何か鋭利な物で全身を切り裂かれたであろう、2名分の遺体が転がっていたからだ。
「カンツーハ、ゾクチ…カハナのキホニ、マガツキ様のヒケとさせてもらう」
駆けつけた2人は、信者の遺体をどこかへと持ち去った。
一方、リーヴ達は、良い感じの隠れ家に使えそうな家を見つけたようだ。
「ここは…丁度良さそうです。早く中に入りましょう」
家の中は思っていたより綺麗で、一時的な隠れ家として使う分には申し分無かった。2階の寝室にあるベッドに座った瞬間、リーヴは大きく息を吐く。
「……っはぁ…!はぁ…こ、怖かった…」
「うん…不気味だよね。見た目も言語も同じなのに…何言ってるのか全然分からない」
「…深く考える必要はありません。リーヴさんの能力のインターバルが丁度24時間だとしたら、あと半日以上時間があります。疲れたでしょうし、一度お休みになられてはいかがですか?」
「じゃあ、お言葉に甘えて……って、クオンは?」
「私は見張りをしています」
「それは…クオン、大変じゃない、の?」
リーヴは不安などの感情から、仄かに泣きそうな声を出している。
「この程度、何ともありません。安心してください。私は不死ですから、何かされても平気です。年長者として、仲間として…あなた達は私が、何に替えても守り抜きますから」
クオンはリーヴに、優しくも頼もしい微笑みを向ける。
「…うん。ありがとう」
「クオン、追手が来たら起こして良いからね?」
「ふふ…はい。私は良い仲間に恵まれたようですね」
そう言い残して、クオンは1階に降りて行った。リーヴとセラは、同じ布団でくっつきあって寝ている。
「…リーヴ」
「なに?」
「あたしも…何をしてでも君の事を守り抜くよ。だから…もう泣かないで?」
実を言うと、セラもリーヴと同じくらい不安だった。ここまで異様な事態に巻き込まれたのは、人生初の体験だからだ。だが、自分は『リーヴを守る』と誓いを立てて旅に同行している。怖気付いたままではその誓いを果たす事は出来ない。故に、己を鼓舞する意味合いも込めてリーヴに今一度誓ったのだった。
「セラ……ふふ。ありがとう、頼もしい、ね」
「早めに寝ようか。あたしも君も疲れたからね」
こうして、2人は束の間の安息に包まれて夢の中に落ちていった。
凶月語2(マジで覚えなくて良いです)
ノネヨ→とても、すごく、のような意味
エキロ→名誉
ツガワチキ→素晴らしい
サワバ→身体
タタゼ→タタゼウ(捧げる)の活用形
センドス→眷属
カンツーハ→安心しろ、的な意味
カハナ→二人称
キホニ→命




