第61話 わたしのきもち
今回も百合回なので苦手な人は読まなくても大丈夫ですが、『読まなくても大丈夫な回』の中では1番読んだ方が良い、もとい読んでほしい回かなって思ってます
でもファンタジーが目当ての人は読まなくても全然先の話は分かりますのでご安心ください
「ふぅ……流石につかれた、ね」
「うん。沢山歩いたからね」
夕方頃、2人はホテルに戻ってきた。気温は高くなかったので汗はかいていないが、それでも街中を歩き回ればそれなりに疲れはするものだ。2人は日中の思い出を話しながら部屋に戻る。
「あ…おかえりなさい。街は楽しめましたか?」
「うん。ジュースとか、クレープとか、すっごくおいしかった」
「まぁ…ふふ、それは良かったですね」
クオンは微笑みを浮かべて、みかんの皮を片づけ始める。
「もうそろそろご飯の時間だよね?」
「はい。行きましょうか」
「お風呂は、人が少なくなってから?」
「そうだね。クオンも一緒だし」
「私の為に……お気遣いありがとうございます」
そしてリーヴとセラは、さっきまで食べ歩きをしていたのにも関わらず、バイキング形式の夕食を沢山食べていた。夕食の後、2時間半ほどして風呂に入る事になった。
「クオン、浴衣着るんだ」
「はい。私は浴衣が好きなので」
「ふふ。クオン、似合いそう」
運の良い事に浴場はリーヴ達しか居らず、クオンの手の事はほぼ気にしなくてよかった。
「ふぅ…やはり温泉は……心が安らぎますね」
「家とかのお風呂じゃ味わえない良さがあるよねぇ…」
セラとクオンは揃って頭にタオルを乗せ、機嫌の良いカピバラみたいな表情で温泉に浸かっている。
「あれ…そういえばリーヴは?」
「ジェットバスが気になるようでしたので、勧めてみましたが…」
2人がジェットバスの方へ目を向けると…
「あああああああああばばばばばばばばばば」
ジェットバスの使い方が分からず、岩に引っかかった海藻みたいになっているリーヴが居た。
「…あたし達以外に人が居なくてよかった」
「リーヴさんの為にも…ですね」
そんな時、クオンはある物が目に止まった。
「あれは……サウナですか」
クオンは日中に読んでいた本に書いてあった『整う』という感覚が気になっていたのだ。
「すみません、セラさん。私は少し後からお部屋に戻る事になりそうです」
「うん。身体も洗ってあるし、あたし達はもうそろそろ戻ってるよ」
「分かりました」
「リーヴ、行くよ」
「ああああああああああああああああ」
「…まだやってる」
2人は髪を乾かし、途中で飲み物を買ってから部屋に戻った。窓際にあるよく分からないスペースで、隣に座って夜景を眺めている。
「ふぅ…良いお湯だった、ね」
「君はずっと海藻みたいになってたけど…」
「あれはあれで、楽しかった」
「…また来た時は、あれの正しい使い方を教えてあげるよ」
「ありがとう」
ところどころに光る街灯を見ていると、何か言い表し難い感情に包まれる。それは決して不快な物ではなく、今あるこの幸せが尊い物なのだと再認識させてくれるような、不思議な感情だった。
「…」
そんなよく分からない感情で胸がいっぱいになったリーヴは、自然と隣の椅子に座っているセラに寄りかかる。
「わ…リーヴ?のぼせちゃった?」
「…ううん」
リーヴの他人との距離が近いのはもう重々理解していたが、やはり何度されても慣れないものは慣れない。セラの心拍は徐々に速くなっていき、体温が仄かに上がるのを感じる。
「…色んなことが、あったよね」
「そうだね…あたし達が出会ってから、まだ半年も経ってないのに…もう何年も君と一緒に居る気がする」
至極落ち着いた様子で、2人はゆっくりと会話を続ける。
「セラは…わたしといるの、楽しい?」
「楽しいよ、すごく。もし君と出会わなかったら…あたしは絶対、こんな大冒険してなかったと思う。それどころか…もしかしたら死んじゃってたかもしれない。改めて…リーヴ、あの時あたしを旅に誘ってくれて、ありがとう」
「ふふ。どういたしまして」
また少しの間を置いて、リーヴは話し始める。
「…わたしも、セラと会えてよかった。セラがいなかったら、わたしこそきっと死んじゃってた。それだけじゃない、クオンも、他の友達も、皆セラがわたしを守ってくれたから出会えた、素敵な人達なんだ。いつも守ってくれて、ほんとにありがとう」
「気にしないで。これからも…皆で色んな場所に行こうね」
「うん」
その時、リーヴはある事を言おうかどうか迷った。だが、『その気持ち』は胸の内に秘めておける程には小さくなく、一抹の迷いと共にセラに伝える。
「ねぇ、聞いて?」
「…うん」
「大好きだよ、セラ」
その言葉が果たして『友達として』なのか『恋人として』なのか、セラには分からなかった。だがただ1つ確かなのは、セラも同じ気持ちだという事だ。
「…ありがと。あたしも……大好きだよ、リーヴ」
その返答を聞くや否や、リーヴは一層セラに身体をくっつける。
「ふふ…セラ、あったかい」
「お風呂上がりだからね」
セラにくっついている時のリーヴは、いつに無く幸せそうな顔をしている。もちろん、それはセラも同じだが。そんな時、リーヴはふと思いついた事を実行に移す。
「…ふー…」
「ひゃ…!」
リーヴがセラの耳にそっと息を吹きかけると、セラは驚いたような声を出して耳を軽く押さえる。
「な…いきなり何を…」
「セラ…やっぱりかわいい」
「面と向かって言わないでぇ…」
一体いつになったら慣れるのだろうか。
「…セラ、こっち向いて」
「え…」
リーヴはセラの顎に指を添え、セラの顔をじっと見つめている。
(これは……まさか)
セラの心臓の鼓動は、最早リーヴにも聞こえそうな程に高まっていた。
「目…閉じて」
セラが言われた通りに目を閉じたその時。部屋のドアから『ガチャ』という音が聞こえた。
「ふぅ…すみません、飲み物などを買っていたら少し遅くなって……おや」
浴場から帰ってきたクオンは、部屋を見回して首を傾げる。リーヴ達の姿が見当たらないからだ。
「…入れ違ってしまいましたか」
そして、クオンは先程までリーヴ達が居た椅子に腰掛け、少量のつまみと共に酒を飲み始めた。一方、リーヴ達は…
(…なんか咄嗟に押し入れ入っちゃったけど…どうしよう)
クオンがドアを開けた音が聞こえた瞬間、セラが文字通りの光速でリーヴを連れて押し入れに隠れたのだ。綺麗に畳まれた布団を背中にしてセラが座り、リーヴがセラに後ろから抱き抱えられている構図だ。
「暗い……セラの顔、みえない」
「あたしも…クオンがトイレとか行ったタイミングで出ようか」
押し入れの隙間からクオンを見ているが、彼女は一行に席を立つ素振りを見せない。
「…」
その時、暇になったセラはある事を思いついた。押し入れの戸を閉め、リーヴを抱きしめる手に少しだけ力を入れると…
「ふぅー…」
「わっ…!」
さっきリーヴにされた事をやり返してみたのだ。
「セラ……それ、ぞわぞわする…」
「最初にやったのは君でしょ?」
「そう…だけど」
「それに…声出しちゃダメだよ。クオンに見つかったら気まずくなっちゃうよ?」
「…たしかに」
セラは右手でリーヴの目を塞ぎ、左手で自分の方にリーヴの身体を抱き寄せる。
「…なんか、背中に柔らかいのがあたってるけど…」
「…布団だよ」
再び、セラはリーヴの右耳に息を吹きかける。
「ふぁっ………塞ぐなら、口にしてよ…」
「ダメ。そうしたら、リーヴのかわいい声聞けないでしょ?」
「うぅ…」
結局、クオンが席を立つまでの数十分間、リーヴとセラは押し入れの中で戯れていた。
ちなみに。
(あの2人は押し入れの中で何を……ああ、なるほど…)
魂の位置を知覚出来るクオンには普通にバレていたが、あえて気づいていないフリをしているだけだった。
(…また仲が深まったようですね。良い事です)
クオンはまた要らん誤解をしながら、仄かに頬を赤くしていた。
今話のNo. 1謎語録
_人人人人人人人人人人人人人人人人人_
> 機嫌の良いカピバラみたいな表情 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄
どんな表情なんでしょうね




