第6話 怪物、いたよ
セラが怪物と交戦している頃、『隠れてて』と言われたリーヴは研究所のどこかを彷徨っていた。
「むぅ…迷った」
迷ったらしい。
「ここ…どこだろう」
リーヴは『とてとて』と薄暗い研究所内を歩き回る。それはまるで、初めての場所に来た幼子のようだっ
た。
「とりあえず、どこかの部屋に入ってみよ」
リーヴは自分の隣にあった扉を開けて、適当な部屋に入ってみる。
「おお…」
その部屋の中には、数々の書類が散乱していた。机や壁だけではなく、地面にも紙面が落ちていた。リー
ヴは好奇心に従って、地面から書類を拾い上げて読んでみる。
「………わからない」
その内容の難解さに、リーヴは目が回りそうだった。リーヴは書類を地面に置き、机に目を向ける。
「ぐちゃぐちゃだ…だれも掃除してないのかな」
静かな部屋の中で、リーヴは机に積まれた書類の山を漁る。
「あ……なんだろ、これ」
やがてリーヴは、古ぼけた手記を発見した。表紙には何かが書かれていたようだが、掠れていてもう見え
ない。
「…」
リーヴは無言のまま、その手記の表紙をめくって最初のページを見てみる。
「…これなら、わかりそう」
最初のページには、掠れた文字でこんな事が書かれていた。
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No.1
今日からこの研究所での実験が始まる。この星の王も多少高圧的だったが、許容範囲内だ。我々『聖賢学会』の に を作り出す…いや、創り出すという悲願の為に、全力を尽くそうと思う。
ただ1つ不満を挙げるならば…あんな場所を研究している事が外部の者に知られたら学会のイメージダウンに繋がる、なんてくだらない理由で私をこんな辺境の星に左遷した事だろうか。いくらこの星と学会が技術的な協力関係にあるとはいえ…この星の王は好戦的だ。私の研究が軍事利用されないかどうか、心配でならない。何はともあれ、実験開始だ。
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「これ…日記?」
リーヴが読んでいる手記は、誰かの残した日記らしかった。
「聖賢学会…聞いたことない」
そりゃそうだろう。リーヴは生後2日程度なのだから。
「それに、学会の目的って…なんだろう。……読めない」
リーヴが思考を巡らせている時、背後から誰かが声をかけた。
「そこで何してる!」
リーヴが振り返ると、そこに居たのは研究所の入り口前で出会ったあの男だった。会った時と変わらず
に、白い防具に全身を包んでいる。
「あ、わたし、だよ」
「…」
男は黙ってリーヴの読んでいた手記を開き、そしてリーヴに目を落とす。
「…お前、これ読んだか?」
「うん」
「そうか…」
「…なら死ね」
「…え」
男は、突然リーヴに銃口を向ける。
「部外者を入れるのは賭けだったが…やっぱり失敗だったな」
「ま…待って、わたしは増援の人だよ。部外者じゃ…」
「残念だったな、そもそも増援が来る予定日は今日じゃない」
「あ…」
リーヴの顔が若干青ざめる。
「そういう訳だ。じゃあな」
男は指に力を入れ、ゆっくりと引き金を引こうとする。
「…セラ」
リーヴは小さく呟くが、それがセラに聞こえる訳がない。リーヴは終わりを悟って目を固く閉じる。が、次の瞬間…
「グ…ァア…」
何かを引き裂くような音と共に、男が小さく声を漏らす。
「…?」
リーヴがゆっくり目を開けると、そこには凶悪そうな爪に心臓部を貫かれた男の姿があった。
「貴…様ァ…!」
それが男の最後の言葉となり、心臓を突き刺していた爪が引き抜かれる。
「わっ」
倒れて来る男の死体を避け、リーヴは前を向く。そこには、先程までセラと交戦していた怪物の姿があっ
た。
「…怪我は無いか」
「え…うん。あ…りがとう」
そして、騒然としていた心が落ち着いてきたリーヴの中に、ある疑問が湧く。
「あなたは…『怪物』?」
「ここの奴らはそう呼んでる…が、俺はそんな名前じゃない。俺は『パラノイア』だ」
「わたしはリーヴ。よろしくね、パラノイア」
「ああ」
「なんで、わたしを助けてくれたの?」
「それは…」
その時、パラノイアの後頭部に眩い光線が直撃した。
「リーヴ!そいつから離れて!」
光を放つ光輪を浮かべながら、セラが部屋の中に入ってリーヴを抱き寄せる。だが、パラノイアを悪人と思っていないリーヴは、セラの腕の中でセラに呼びかける。
「待って、セラ。その人…パラノイアは悪い人じゃないよ」
「えっ?」
セラは双剣をしまい、パラノイアが居た方向をじっと見つめる。そこには、熱そうに後頭部を押さえてい
るパラノイアの姿がある。反撃して来る様子は無い。
「え…えっと、リーヴ。何があったか教えてくれる?」
「うん」
リーヴは、ゆっくりと先程起こった事を話し始めた。