第56話 秤量
「なるほど…下層街っていう場所で…」
セラを無事に助け出したリーヴとクオンは、セラに今まであった事を説明していた。予想通りと言うか、セラはフォルティとリーヴの勝負の話をしている辺りが1番不安そうな顔をしていた。
「2人とも…あたしなんかの為にこんなに頑張ってくれたんだ…」
「『なんか』じゃないですよ」
「うん。セラは、大切な友達。だからわたしは…わたし達はセラを助けたかったんだよ」
「…そっか。ありがと、2人とも」
セラは嬉しさのあまりまた涙が出そうになるが、なんとか堪えられたようだ。
「じゃあ、フォルティと合流しないと、ね」
「フォルティ…さんはどこに行ったの?」
「多分、あの領主さんのところ…だけど、この屋敷は部屋が多いから…探すの大変そう」
「…皆さん、これを」
先に外に出て周囲を確認していたクオンが、リーヴ達に声をかける。クオンの視線の先にあったのは、大量の警備員の遺体だった。まだ数人は生きているようだが、それでも虫の息である。遺体に関しては手足があり得ない方向にへし折られていたり、頭部の顎から下が無くなっていたり、中には首を刎ねられている遺体も少なくなかった。
「わ…」
「…恐らく、フォルティさんでしょう」
「あんまり見たくないけど…これを辿っていけば合流は出来る…よね」
「…うん。行こう」
3人はフォルティを探して屋敷の中を進み始めた。
一方、領主が隠れている部屋では、領主が部屋の中を右往左往しながら考え事をしていた。
(さっきから定期的に轟音が聞こえてくる……十中八九儂に恨みを持っている侵入者だろうが、あれほどの人数が居て対処出来ないのか?まぁいい…この部屋を見張っている2人は選りすぐりの人員だ。何も心配は無いだろう、これが終わればあの女と…)
そんな時、領主の部屋の扉が3回軽く叩かれた。領主は事前に『事が済んだら3回ノックして知らせろ』と伝えてあるので、彼はもう侵入者の対処が終わったのだと思っていた。
「入れ」
扉がゆっくりと開き、1人の警備員が顔を見せる。
「終わったか。侵入者は一体何者…」
そこまで言いかけて、領主は息を飲んだ。何故ならば、領主の足元に2つの生首が放り投げられたからである。それはこの部屋を見張っていた警備員の物であり、断面には斬られたような跡ではなく無理矢理引き千切られたような跡がある。
「よう、クソ野郎」
部屋に入ってきたのはかの下層街の処刑人、フォルティだった。
「ヒッ…!だ、誰だお前は!」
信頼していた警備員があっさり殺された事で、領主は一気に弱気になって動揺する。
「名乗るつもりは無ぇよ。あの世への餞別にしちゃ高すぎだ」
「も…目的は何だ…!金か…」
領主の台詞を遮って、フォルティは後退りする領主の腹に前蹴りを入れる。
「ぐは…!」
「何蹲ってんだよ。アンタが下層の奴らに与えた苦しみに比べちゃ、こんなの安いもんだろ」
「下層…?そうか…お前はあそこの…!」
再び領主の台詞を遮る形で、今度は領主の顔面にフォルティの拳が飛んでいく。
「うぐっ…」
「下層にクスリ広めたのもアンタだろ。万が一アイツらが上層に上がれるような事があっても、まともに社会復帰出来ないようにな」
「あ…ああそうだ!罪は全て告白する…!下層の者達も上層に移動させる!だから、これ以上は…」
その言葉の何かがフォルティの神経を逆撫でしたのな、懇願も虚しく領主は足で顔面を踏み潰された。
「っ…!!」
「お前マジで何も考えてねぇんだな。昨日まで無法地帯に住んでた奴らが、いきなり法の下で暮らすなんて…出来る訳ねぇだろ」
フォルティは一周回って冷静だった。『怒りが大き過ぎて冷静になる』など、フォルティ自身他人の話でしか聞いた事が無かったが、今どういう感覚なのかを理解した。
「つぅ訳で、俺はアンタを許すつもりなんざねぇ。俺の知り合いも…大勢アンタに迷惑かけられたしな」
「…」
領主は最早口も開けないようだ。
「だから…ストレスの解消だ。簡単なゲームをやろう。ルールは単純だ、俺がアンタを殴る。そしたら3秒以内に立て。それだけだ」
「た……立てなかったら…?」
「アンタを殺す」
「ふ…ざけるな、そんなもの…」
「じゃあ今死ぬか?」
領主はこういった荒くれ者と関わった事などない。戦場に出た経験も無い。だが、そんな領主でさえ一目で分かるのだ。『逆らったら死ぬ』と。『この男は本気だ』と。『そういう目をしている』と。
「…よし、ゲームスタートだ」
(落ち着け…死ぬ程痛いがただ殴られるだけだ。コイツの気が済むまで耐え)
領主の思考を中断するように、フォルティが顔の中央を思いっきり殴り飛ばす。その威力は凄まじく、領主は部屋の奥のまで吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
「立てよ、3秒経つぞ」
(ふ…不可能だ…!こんなのを…)
そんな事を考えている間にも、フォルティは一瞬で距離を詰めて来て領主の喉を蹴り飛ばす。領主はまた別の壁に叩きつけられ、壁にヒビが入る。
「立て、あと2秒だ」
「ま…まっ…」
潰れた喉で精一杯訴えかけるが、フォルティがそれを聞き入れる筈が無い。フォルティは領主の後頭部を掴み、壁に力強く擦り付けてそのまま地面に叩きつけた。最早どちらが悪か分かったもんじゃないが、それでも尚フォルティの発する言葉は同じだった。
「立て」
(鬼だ……この男は…)
「ハァ…誰が鬼だよ。なら俺が2つ情けをかけてやる」
そう言うと、フォルティは無線機のような物を領主の前に放り投げた。
「助けでも何でも呼んでみろよ。ご自慢の金と権力でな」
「…!」
領主は藁にも縋る思いでその無線機に手を伸ばすが、フォルティは伸ばされた領主の右手ごと無線機を踏み潰す。
「バーカ」
「ぐぅ…!何が情けだ…!ただの追い打ちじゃないか…!」
「そう怒るなよ。こっちは本当の情けだ」
地面に這いつくばる領主を見下ろしながら、フォルティは冷淡に告げる。
「俺がお前を審査してやる。それに合格したら、俺はさっさとここから出てく」
「審査…?」
「ああ。方法は企業秘密だ。それより、もう審査は始まってるぜ?」
その言葉と同時に、フォルティの両目が青く光る。フォルティの言う『審査』とは、領主の心を読んだ内容で行われる物だった。その内容は…
(審査が何かは分からんが…ひとまずここは大人しくしておこう。これが終われば…貴様は終わりだ、侵入者…!よくもこの儂にこのような…!)
最後…いや、最期まで醜い心内だ。フォルティは溜め息を吐きながら、酷く冷徹な声で吐き捨てる。
「…不合格だ」
そしてフォルティはあの大鎌を展開し、それを逆手持ちにして刃部を地面に突き立てる。
「死刑を…執行する」




