第47話 栄華の底
「……ぁぁぁぁああああああ」
リーヴとクオンは、この街に入った時に見かけた黒鉄の蓋の中へ放り込まれた。
「…っと……うぁっ」
クオンは綺麗に着地出来たが、後から降ってきたリーヴによってバランスを崩してしまった。
「いたぁ……ごめん、大丈夫?」
「はい…平気です」
「よかった、セラは…」
そこでリーヴは思い出した。今までずっと一緒に居た仲間が、大事な友人があの悪どい領主によって連れ去られ、どこかへ売り飛ばされようとしている事を。
「セラ…」
リーヴはセラが居ない事で、一気に不安や悲しみなどの感情が波のように押し寄せてきた。もちろん、クオンの事を忘れている訳ではない。しかし、リーヴはまだ親しい誰かを失う事に慣れていないのだ。色々な感情がぐちゃぐちゃになって混ざり合ったリーヴは、その場に崩れ落ちて泣き出してしまった。
「う…っ……ぐす…」
その様子を見たクオンは、リーヴを優しく抱きしめて慰めの言葉をかける。
「安心してください…セラさんは、私達で何としてでも助け出しましょう。その為なら、私は何だってやる覚悟です。それまでの間は…セラさんに代わって、私があなたを守りますから」
「うぅ…あり……がとう…」
リーヴは涙を拭いながら、クオンにしか聞こえないような声で呟き続ける。
「ごめん…ごめんね。大切な人がいなくなるのが…こんなに辛いなんて思わなかった。なのにわたしは……クオンの気持ちを分かった気でいた…」
「リーヴさん…」
「それにクオンは…1回や2回じゃないんでしょ?何回もこんな辛い事を味わってたなんて……ごめんね…本当に…」
「…謝らないでください。辛さや悲しさに、優劣なんてありません。それに…このような悲しみは、本来理解出来てはならないのです。あなたが私の気持ちを理解出来ていないのだとしても…私の気持ちに寄り添おうとしてくれた。それだけで、私はこの上なく嬉しかったんですよ?」
そして、クオンはリーヴを抱きしめたまま、リーヴの頭を優しく撫で始める。その静かな慰めは、リーヴの涙が止まるまで続いた。
「…ありがとう、だいぶ、落ち着いた」
「それはよかったです。早速で申し訳ありませんが…セラさんを救い出す手立てを考えましょう」
「うん。まずは、ここがどこか知らなきゃ、ね」
「見たところは街に見えますが……何というか…荒れていますね」
リーヴが改めて周囲を見回してみると、建物は全てレンガで出来ていて、空は夜のように暗く、散在する煙突からは煙が出ている。他の部分も、上層の街並みとは比べ物にならないような荒んだ街並みだった。
「細かい事はここの住民の方々に聞くとしましょうか」
「だね、人の気配は感じるし、いってみよう」
その時、付近の物陰から5,6人組の男が出てきた。何人かはナイフなどの武器を持っており、少なくともリーヴ達の味方では無さそうだ。
「何かデカい音がしたと思ったら…女が落ちてきやがったのか」
「どっちも中々に良い外見じゃねぇか…」
如何にも悪人といった感じの笑みを浮かべる男達だったが、リーヴはそんな事も気にせずに誇らしげにしている。
「クオン、わたし達、褒められたよ」
「あれは…そこまで良い意味ではないと思います」
「ここに落とされてから女なんてほとんど見た事無かったからなぁ…楽しませてもらうぜ」
そう言いながら、男の1人が舌を出しながら2人に近寄ってくる。
「リーヴさん、私から離れないでください」
クオンも大鎌を構え、紫色の魔力を放って威嚇する。まだ威嚇の段階なので、この魔力に物を朽ちさせるまでの力は無いようだ。
「ハッ…女の戦闘能力なんざ高が知れてんだろ!」
男はナイフを構えて飛びかかろうとするが、その時、付近の家の中から少し年老いた男が顔を見せた。
「やめろお前ら!ここでくだらん騒ぎを起こすんじゃねぇ!お前らは新入りだろ!」
「あぁ?何だよ?新入り同士仲良くしろってか?」
「そんな馬鹿げた事を言ってるんじゃねぇ!お前らの身の為に言ってるんだ!新入りは…ここのルールを知らねぇからな!」
「ルールだぁ?なら今から俺がこの街のルールだ。逆らうなら…」
余程実力に自信があるのだろうか、その男はナイフを指先で弄びながら宣言する。しかし、その言葉を遮って、家の中の男は吐き捨てた。
「そうかよ…じゃあ勝手にしろ!俺は死にたかねぇからな!処刑人にせいぜい気をつけろよ!」
そうして、その家の窓は勢いよく閉められた。
「何なんだアイツは…さて、続きを…あ?」
男が疑問の声を漏らしたのには理由がある。クオンの表情が少し曇り、威嚇の為に放たれている魔力がより強大になっているのだ。そして、クオンの方にもその行動の理由があった。遠方から近づいてくる魂を感知したからである。クオンが臨戦態勢を解かない判断をする程度に、強力な魂が。




