第41話 涙で濡れた翅
「…という話です」
クオンの過去を聴き終わった時、リーヴとセラの両目には自然と涙が浮かんでいた。
「あの…何故泣いているのですか…?」
「だって…クオン……辛すぎるよ…そんなの…」
「わたしだって、セラが居なくなったらすごくかなしい。クオンは…そのかなしさを何回も何回も味わってきたんでしょ?」
「はい…それが、私の役目でしたから」
クオンは平静を装っているが、その表情はやはり悲しみを湛えている。セラはなんとかクオンを慰める為に頭をフル回転させて、何かかけられる言葉を探す。
「あ…で、でもさ、クオン。前に本で読んだ事あるんだけど…神って、死んでも長い時間をかけて同じ神として生まれ変わるんだよね?クオンは長生き出来るし、ヘーメラーさんにもまた会えるんじゃ…」
「…無理なんです」
「え…」
「確かに…神は死ぬと長い時間をかけた後、同じ神として転生します。ですがそれは…権能が同じというだけで、記憶や人格は一切引き継がれません…」
そのクオンの口調から自分が最悪の一手を取ってしまった事を悟ったセラは、震えた声でクオンに問う。
「じゃあ…それって…」
「私はっ…もうあの子に会う事は出来ないんです…っ…この先…永遠に…!」
「…ごめん…あたし…」
「いえ…セラさんに悪意が無いのは分かっています……寧ろ…謝るべきなのは私なのです…」
「クオンが…?」
「何度も…友人を見殺しにしてしまった。死の気配を…友人の危機を感じ取る事が出来るのに…私は見ている事しか出来なかった…私は誰も救えなかった…!」
「…」
セラもリーヴも、言葉を発せずにいる。
「皆…私が殺したようなものなのです…ごめん…なさい…ごめんなさい…!」
今までは基本的に表情を変えなかったクオンが、今は涙で顔中が濡れるほどに涙を流している。その時、リーヴが唇を軽く噛みながらクオンに抱きついた。
「リーヴ…さん…?何を…」
「ごめん、クオン。わたし達じゃ…クオンの辛さをぜんぶわかってあげる事はできない。だって…想像がつかないよ…こんな…」
クオンはリーヴに触れないように手を広げているが、そんなクオンとは対照的に、リーヴはクオンを精一杯抱きしめる。
「だから…これくらいしかできない。クオンに、『あなたは1人じゃないよ』って。『わたし達がいるよ』って、ただ伝えることしかできない。ごめんね、クオン」
「…」
クオンはもう何も言わず、リーヴの腕の中で涙を流し続けていた。
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どれくらい経っただろうか。夜が明けないので正確な時間を計る事は出来ないが、とにかくかなり長い時間が経った事は確かだ。それだけの時間をかけて、クオンの涙はようやく止まったようだ。
「すみません…ありがとうございます」
「もう、へいき?」
「はい…それより、何故先程のリーヴさんは…私に触れても平気だったのですか?」
「うーん…わかんない。セラは?」
「あたしも分からないなぁ」
「私の権能が効かない方は初めて会いました…何か、特別な種族だったりするのでしょうか」
その時、リーヴは腕を組みながら得意げに言う。
「ふふん。わたしの友達がいってた、よ。『全ての物事の仕組みを理解する必要はない』って。そういうものだよって、覚えておこう」
「リーヴ…考えるの面倒になっただけじゃ」
「ちがうよ」
「違うの?」
「ちがうよ」
「そっか」
そこで、リーヴはとある事に気がついた。
「あ…そういえば、この星の永遠の夜はどうしよう」
「一応、この星から離れればこの星の夜はどうにかなるのですが…この前奈落にお邪魔した時も、私が居る間はずっと夜になってしまっていたので…結局移動した先で迷惑をかけてしまう事になるのです」
「じゃあ、わたし達と一緒に、くる?」
「え…?」
「わたし達が同じ場所にいるのは、せいぜい2日か3日くらい。それなら、そんなに迷惑にならない…よね?」
「うん、良いと思うよ。クオンが一緒に来てくれるなら、あたし達も嬉しいな」
「お2人とも……分かりました。私で良ければ…あなた達の旅に同行させて頂きます」
「「やったぁ!」」
リーヴとセラは息ぴったりに喜びの声を上げる。それが可笑しかったのか、2人の顔には自然と笑みが溢れる。その様子を見て、クオンも微笑みを浮かべる。その時、誰のものかは分からないが、腹の鳴る音が聞こえた。
「…今日は、もう帰りましょう」
「うん。旅立ちはあした、だね」
「改めて…これからよろしくね、クオン」
セラとリーヴは、微笑みを浮かべながらクオンを歓迎する意志を伝える。死を運ぶ蝶が、涙で濡れたその翅を羽ばたかせる時が来たのだ。




