第?話 永訣の余燼、久遠の悲哀
今回だけは過去編という都合上、クオンの事は本名で呼んでます
見づらかったら優しく言ってください。直します
今のクオンの人格を作った物の中で、最も大きい物は即ち『別れ』である。
今からおおよそ10000年程前、とある星に2柱の神が生まれた。死と夜の神エタナクスと、命と昼の神ヘーメラーである。2人は対をなす神で、生まれた瞬間からお互いの事を『自分の片割れ』として認識していた。ほとんどの場合、神にはその権能に応じた役目が用意されている。2人の役目というのは、エタナクスが『命の終わりを見届け、この星に夜を齎す事』で、ヘーメラーが『命の始まりを眺め、この星に昼を齎す事』だった。ちなみに、『役目』といえど2人が何かをするという訳ではなく、この2人が居るから昼と夜が訪れる。そういった感じだ。2人は生まれてから程なくしてすぐに仲良くなり、基本的にどんな時でも行動を共にしていた。例えば…
「ヘーメラー、今日は買い物に行きませんか?」
「また?私は良いけど…飽きないの?3日前くらいにも行ったと思うんだけど」
「あなたとなら…何処へ行こうとも楽しいですから」
「…そっか。じゃあ行こう!」
2人は街へ出ていき、太陽に照らされた商店街を歩いていく。当然、2人をこの星の神だと知る者は居ない為、誰も彼女らに特別な視線を送る事はない。
「何か欲しい物でもあるの?」
「はい。その…この前街で見かけた、蝶の髪飾りが欲しくて」
「君って本当に蝶が好きだよね」
「はい。私達よりも遥かに寿命が短いはずなのに、私達と同等かそれ以上の美しさを生み出す事が出来る…だから、私は蝶が好きなんです」
ほんのり目を輝かせながら語るエタナクスを見て、ヘーメラーはある事を思いつく。
「そんなに好きなんだ……じゃ、今日は私が奢ってあげるよ」
「え…良いのですか?」
「うん。君が喜んでくれるなら…これくらいお安い御用だよ」
2人は数分ほど髪飾りを選び、最終的には紫色の蝶の髪飾りを買った。
「着けてみて、エタナクス」
エタナクスは、そっとヘーメラーからの贈り物を髪に着けてみる。
「…うん。すっごく似合ってる」
「本当ですか…?…ふふ。ありがとうございます、ヘーメラー」
嬉しそうに微笑むエタナクスを見て、ヘーメラーも自然と顔が緩む。
「喜んでくれてよかったよ。さ、次はどこに行く?」
こういった感じで、2人は仲良く幸せな日々を過ごしていた。やがて、2人には人間の友人も出来た。流石に神である事は明かせなかったが、それでもお互いに本心で語り合える程には親交が深い者達だった。
だが、幸せは往々にして長続きするような物ではない。
神や概念種には寿命が無い。当然その他の要因で死ぬ事はあるが、戦闘する機会など無いエタナクスとヘーメラーはほとんど永遠の時を生きる存在だった。加えて、死の神であるエタナクスには寿命以外の要因での死も訪れない。毒を持つ生物が自分の毒で死なないのと同じ。あるいは、硫酸を硫酸で中和出来ないのと同じ事だ。
ある日、誰かの墓石の前で佇むエタナクスは静かに涙を流していた。
「…」
その墓は、エタナクス達の友人の物だった。その友人達は人間であった為、数十年もすれば皆死んでしまう。
「エタナクス…」
ヘーメラーは、その気になれば死者を蘇生する事も出来た。彼女は『命』の神だからだ。しかし、エタナクスはそれを断った。
「別れは確かに辛いものですが…その度にあなたに頼っていたら、私は自力で立ち直る事が出来なくなってしまいます。それに…この方々は人として、立派に天寿を全うしました。今一度現世に呼び戻すのは…あの人達への侮辱になってしまう気がするのです」
エタナクスの顔は涙で濡れていたが、その目はまだ光を失ってはいなかった。
「…そっか」
だが、いくら死について熟知しているエタナクスといえど、数多の友人の死を見届ければ多少なり精神に影響が出る。4000年ほど経った頃には、エタナクスの口数は徐々に減っていっていた。
「エタナクス……気分転換に、お出かけでもしない?」
「…はい」
一応、日常会話程度ならまだ出来るようだった。ヘーメラーの気遣いにより、2人は街へ出かけた…が、そこでも悲劇が起こる。
「今日は、いつもより人が多いですね」
「世間的には休日だからかな?まぁ、私達には関係ないけど」
エタナクスの言う通り、今日の街はいつにも増して沢山の人で賑わっていた。2人は通行人にぶつからないようにしながら、人混みを歩いていく。その時…
「…あっ…すみません」
エタナクスの右手が、通行人の男性とぶつかってしまった。その男性は地面に倒れ込み、微動だにしない。
「大丈夫…ですか?」
やがて別の男性がやってきて、倒れている男性に触れて体調を確かめる。すると、予想外の言葉が辺りに響き渡った。
「おい…この人死んでるぞ!」
「……え」
エタナクスは本能で理解した。その男性を殺したのは自分だと。前に本で読んだ事があったからだ。神の権能は時が経つにつれて強力になっていき、最後には制御も出来なくなって、個体によっては異形の化け物になるのだと。つまりその男性が死亡したのは、本人も知らぬうちに強力になっていった死の権能が発動したからなのである。触れただけで生物の命を奪う…そんな権能を持つ者が人混みの中に居る訳にはいかないので、エタナクスはヘーメラーに事情を話して2人で家に帰った。
「……っはぁ!……はぁ…はぁ…」
家に帰るなり、エタナクスは一瞬だけ過呼吸になったような素振りを見せた。
「エタナクス…大丈夫…?」
「はぁ…はぁ…げほっ…」
エタナクスの調子が落ち着いた時、ヘーメラーはそっと水を差し出す。
「……見苦しいところをお見せしました」
「全然…見苦しくなんかないよ。あんな事があったなら……誰だってそうなる」
「申し訳ありません…死を司る神だというのに…人の死に1番弱いのが私だなんて…」
今にも泣きそうな声で呟くエタナクスに、ヘーメラーは優しく語りかける。
「弱くたっていいじゃん」
「…え?」
「人の死が苦手っていうのは、裏を返せばそれだけ君が優しい子って事なんだよ?それに…君がどれだけ辛い時だって、私が側に居る。君の辛さも寂しさも…全部分かち合ってあげるから」
これ以上無いほどの優しさに満ちたヘーメラーの声を聞いて、エタナクスはとうとう泣き出してしまった。
「ほらほら、泣かないで?」
「うっ……っ…ありがとう…ございます…!」
それから、2人は強化されていく権能の力を定期的に確かめる事にした。その結果、例えばエタナクスは『死の気配』というものを感じ取れる事が分かった。内容としては文字通り、自分や他者に迫っている死を感じ取れる、というものである。
それから更に2000年ほど経った頃、恒例の権能検査を始めようとした時の事だった。その時のエタナクスも、依然として数多の別れの悲しみに心を痛めていたが、ヘーメラーが居るという安心感から前よりはマシになっていた。
「さて…今日も始めましょう」
エタナクスはその辺の花に手を触れる。すると、2秒と経たないうちにその花は枯れ果てた。
「やはり…日に日に早くなっていますね」
「じゃあ、次は私が確かめるね」
その時、小さく溜め息を吐いたエタナクスは感じ取った。ヘーメラーから漂う死の気配を。
「っ…!ヘーメラー!待っ…!」
エタナクスはヘーメラーに向かって手を伸ばすも、一歩遅かった。ヘーメラーが小木に触れた瞬間、彼女の命の権能によって小木は大木へと急成長し…
ヘーメラーの胴体を貫いた。
「ぁ…ああ…」
ヘーメラーは言葉を発する暇すら無く、心臓を破壊されて死亡した。エタナクスがその大木に触れると瞬く間に大木は朽ち果てて、ヘーメラーの遺体が地面に落ちる。
「…」
エタナクスはショックのあまり、泣く事すらも出来なかった。エタナクスは無言のままヘーメラーの遺体を背負って帰宅し、棺桶を用意した。
穴が空き、冷たくなった親友を棺に入れた時、エタナクスは泣いた。棺の蓋を閉め、幾多の友人達が眠るあの墓地に棺を埋めた日の夜、エタナクスは嘔吐した。それから、彼女は何日もずっと泣き続けた。ヘーメラーの墓の前で、いつの日かヘーメラーに貰った髪飾りを抱きしめながら、涙が枯れるまで、否、涙が枯れても尚泣き続けた。
ヘーメラーが逝去した事による問題は、エタナクスの精神にだけ発生した訳ではない。
ヘーメラーが居るからこの星に昼がやって来ていて、エタナクスが居るからこの星に夜がやって来ていたのだ。例えるならば、昼夜の循環が正常な状態を0とすると、エタナクスとヘーメラーは『−1』と『+1』なのだ。どちらかが欠ければその時点で問題が発生する。それ故、今のこの星は永遠の夜の中にあるのだ。
それからまたしばらく経ったある日、エタナクスはとある友人の下を訪れた。
「…以上が、深淵に関する基礎的な知識だ。…聞いているのか?視線が虚ろだが」
エタナクスの前に座っているのは、長く美しい銀髪を携えた青年。『タナトス』という生と死を司る死神である。彼は『奈落』という名のあの世を統治する王で、エタナクスとは比較的親交のある神だ。
「…いえ、何でもありません。確認ですが、深淵はこの世界とは別の次元にある世界…そういった認識で良いのですね?」
「ああ。それに淵気という魔力を含んだ大気のせいで、深淵では何が起こるか全く想像がつかない。もしかしたら…私達死神であろうと、死ぬ事があるかもしれないな」
「…分かりました。ありがとうございます」
短く礼を言うと、エタナクスは足早にタナトスの家から去っていった。彼女が深淵について学びに来た理由はただ1つ。自分をどうにかして殺す事だ。もちろん、彼女は死の神であるが故に不死だ。しかし、ヘーメラーやその他の大勢の友人達の死を看取った事による心傷や、自分のせいで故郷に齎された永遠の夜をどうにかしたい、という彼女の思いは強かった。だから、最近になって突然あの星に現れた淵蝕領域とその源である深淵について調べ始めたのだ。あの場所なら、もしかしたら自分を殺してくれるかもしれない。少なくとも、星に齎された永遠の夜はどうにか出来ると判断しての事だった。
友は死に絶えた。太陽は沈んだ。顔見知り程度の仲だった者達も皆死んだ。数少ない同族の友人でさえも、ほとんどが何らかの要因でこの世を去った。そして、それらを看取ったのは全てエタナクスである。その悲しみは計り知れず、本人もその辛さには慣れる事が出来ないという。そんな彼女の手元に残ったのは数えきれない量の墓石と、親友に貰った髪飾りだけだった。
豆知識
クオンの権能(触れたら死ぬやつ)は基本的に無生物には効きませんが、植物などの一般的に「命がある」とされているものには有効です
無生物にも効いたら飯食えないんでね




