第40話 夜天に木霊する歔欷
「さようなら…お2人とも」
淵蝕領域内の淵族達を一掃した直後、クオンは深淵に続く大穴に向かって力無く倒れ、落ちていった。クオンの目からは一粒の涙が溢れ落ち、その涙は落下していくクオンの身体から取り残されて空中で光る。
「クオン!」
セラは駆け出そうとするが、あまりに突然の出来事だったので反応が遅れた。そもそも、間に合ったところでクオンを掴む事など出来ない。彼女には手に触れると感染するという病気があるのだから。
(ダメ…間に合わない…!)
リーヴとセラには全てがスローに見えていた。漆黒の大穴は徐々に閉じていっている。ここでクオンを救えなければ、もう永遠にクオンに会う事は出来ないだろう。一方、当のクオンは落下しながら目に大量の涙を浮かべて、狭まっていく穴をただ見つめていた。過ぎていく時間がやけに遅く感じているのは、クオンも同じだった。
(これで…良いのです。私が現世から姿を消せば…全てが丸く収まるのですから)
クオンには涙を浮かべている自覚はなかったが、頬を伝う雫の感触からようやくそれを認識する。
(…やはり…寂しくはありますね。リーヴさん達にも…結局嘘を吐いたままですし……ああ…)
心の中でさえ、クオンはその先に言葉を紡ぐ事が出来なかった。今が光を見る最後の機会だから、それを惜しむように、クオンは遠ざかっていく穴に手を伸ばす。
「最後まで…この手は温もりを忘れたまま……」
だがその時。冷たいクオンの手に温もりが与えられた。視界が涙で歪んでいてよく見えない。クオンが空いた方の手で涙を拭うと…
「リーヴさん……!?」
必死にクオンの手を掴み、上に引き上げようとするリーヴの姿があった。その更に奥には、リーヴの足を掴むセラの姿が見える。
「いけません…!リーヴさん…!今すぐ手を離して…」
「離さないよ!」
聞いた事もないリーヴの大声に、クオンは思わず肩を跳ねさせ、言葉を詰まらせる。
「わたし達は決めたんだ!あなたの…クオンの側にいるって!クオンに何があったのかはわからないけど、もうクオンに寂しい思いはさせたくない…寂しい思いなんかさせないって!」
「リーヴさん…」
クオンは、もう何度目かも分からない啜り泣きの声を上げる。
「リーヴ!早く上がってきて!閉じちゃうよ!」
「うん!セラ、引っ張っていいよ!」
リーヴの掛け声と共に、セラは力強くリーヴとクオンを引っ張り上げる。クオンの身体が穴から飛び出た瞬間、漆黒の大穴は完全に閉じきった。
「ふぅ……よかったぁ。ありがとね、セラ」
「リーヴのお陰だよ。いくらクオンを助ける為とはいえ…リーヴがヘッドスライディングしてまでクオンの手を掴みに行ったから成功したんだよ?」
「すっごい顔がひりひりする」
「よくヒリヒリで済むね」
いつも通りの会話をする2人の後ろで、クオンは呆然としている。これまではクオンの手に触れようとした時、クオンは過呼吸になっていたが、今は少し息が乱れている程度で済んでいる。
「り…リーヴさん…その…身体は大丈夫…ですか?」
「うん。ちょっと変な感じするけど、なんともないよ。クオンも、だいじょうぶ?」
「あ、はい…私は。その…すみません」
そして、リーヴは座り込むクオンと同じ目線に立って、クオンに尋ねる。
「ねぇ、クオン」
「は、はい」
「教えてほしい。あなたは、何者?」
それを聞かれたクオンは一瞬躊躇うような仕草を見せるも、すぐにリーヴの方を向き直って答える。
「…もう隠しようもありませんね」
クオンは大きく息を吸って、ゆっくりと息を吐いてから自身の素性を明かす。
「クオンという名は仮の名前です。私の本当の名前は『エタナクス』…死と夜を司る神で、死神の1人です」
「「…」」
リーヴとセラは、何も言わずにクオンの方を向いている。
「え、あの…な、何か言ってもらってもよろしいでしょうか…?」
「いや…驚きすぎて言葉が出ないだけなんだけど…」
セラが絶句している中、割と普段通りの口調でリーヴが尋ねる。
「クオン、死神の1人って、どういうこと?」
「少し難解なのですが…『死』に限らず、『命』に関連する権能を持つ神は全員『死神』に分類されるのです」
「へぇ…」
「クオン…あたしからもいい?」
「…はい」
「さっきあの穴に落ちたのって…偶然じゃないよね?クオンさえ良ければでいいから…理由があるなら教えてくれる?」
「…」
クオンは俯いたまま黙っている。
「言いにくいなら全然それで大丈夫なんだけど…クオンの辛さが和らぐなら、話してくれると嬉しいな」
「…はい。お話ししましょう。私の過去を…」
こうして、死と夜の神は己の過去を語り始めた。
キャラクタープロフィール
【引き裂かれた昼夜】クオン(神名 エタナクス)
種族 神
所属 夜の星
好きなもの 芸術全般(特に小説) いちご 花 蝶
嫌いなもの 肉の脂身 人との接触
権能 「夜」「死」
作者コメント
とうとう正体が明かされた死神。現存する死神の中では最高齢。キャッチコピーも含めて、詳しくは次回の過去編で語るます。




