第38話 夜戦
「では皆さん。準備はよろしいですか?」
「うん」
「いつでも行けるよ」
翌日、墓地の入り口の前でリーヴ、セラ、クオンの3人は簡単な作戦会議をしていた。
「そういえば。淵蝕領域を消す方法って、あるの?」
「私の友人によれば…領域内を徘徊する淵族を一掃すれば大丈夫なはず、と」
「本当に大丈夫かな…」
「まぁ、彼は深淵の専門家と言っても差し支え無い程度には深淵について詳しいですし。いざとなったら彼を頼りましょう」
こうして、3人は件の淵蝕領域へと向かった。昨日、一昨日と買い物に来た街よりも更に先。人の住んでいない未開発の荒地が、この星の淵蝕領域だった。
「わ…淵族、いっぱいいる」
岩陰から仲良く顔を覗かせる3人の視界には、様々な姿の黒いインクの塊で出来た生物が大勢映っていた。少し離れた地面には、漆黒の大穴が広がっている。深淵と繋がっているのだろうか。
「リーヴ、危ないから出てきちゃダメだよ?」
「わかった。がんばって、ね」
セラはいつも通り背後に金色の光輪を出現させ、双剣を構える。
「ここで終わらせるのです……何もかも」
クオンは一瞬目を伏せたが、すぐに前を向き直す。そしてどこからか淡い紫色の刃部を持つ大鎌を取り出して、クオンは臨戦体制に入る。
「おー…クオンの武器、かっこいい」
「ふふ…ありがとうございます」
2人の気配に気づいたのか、無数の淵族達がセラとクオンの方を向き始める。
「行きましょう、セラさん」
「うん!」
セラは何かを忘れているような気がしていたが、とりあえずは気にせずに淵族の首を落としていく。ただでさえ『対淵族用』のような異能を持っているのだから、セラが淵族に苦戦する事は無さそうだった。ちなみに本人もそう思っていた。
「…あっ、思い出した」
そこで、『苦戦』というキーワードからセラはクオンに言いたかった事を思い出す。
「クオン!淵族は急所以外にはまともにダメージが入らな…!」
セラはクオンの方を振り向きながら叫ぶが、その声を途中で止めた。何故ならば、クオンが淵族の胴体を普通に両断している様を目撃したからである。
「すみません。何か言いましたか?」
「い、いや…なんでもない」
その時、クオンの背後から人型の魔物が接近してきていた。淵蝕領域と言えど、辺りを彷徨いているのは淵族だけではない。
「…っ!」
人型の魔物の鋭利な爪が、クオンの左肩を引き裂いた。幸い大きな傷では無さそうだが、それでも出血はしている。
「クオン!大丈夫?」
「平気です…私の事は心配しないでください」
「でも…肩に怪我してるのに戦えるの…?」
「それは…大丈夫です。策はあります」
クオンは小さく鼻で息を鳴らしてから、クオンの肩を裂いた魔物の方を向いて右手を翳す。
「あなたにしましょう」
すると、クオンの右肩から紫色の蝶が魔物に向かって飛んでいき、蝶が魔物の身体を埋め尽くした。そして、クオンが翳した手を引き込むようにして元に戻すと、蝶は消え去り、そこには干からびた魔物の死骸があった。気づけばクオンの傷も完治している。
「あなたの命…しかと頂きました」
クオンは胸の前で左手を握っている。
(…やっぱり、クオンってちょっと怖い)
セラはそんな事を考えながらも、順調に淵族の群れを狩っていく。
「豁サ縺ュ…!」
再び、クオンの背後からノイズのような声を上げながら淵族が近寄ってくる。
「無駄です」
クオンは全身を紫の蝶に変え、振り下ろされる淵族の爪を紙一重で回避する。
そうして順調に事は進んでいく…かと思われたのだが。
「クオン…!数が多すぎるよ!」
「いつの間にやら…四方を囲まれていますね」
淵族の数が想像よりも遥かに多いのだ。斬れども斬れども数の減らない淵族達に、セラは段々と疲弊してくる。
「セラさん、あなたは確か飛べましたよね?あなたは一旦ここから離れて、別の場所から…」
クオンが作戦を立てていたところで、セラがクオンに迫る危険に気づく。
「クオン危ない!」
だがその声かけは一足遅く、クオンの足に黒い狼のような淵族が噛みついた。
「くっ…!」
クオンの体勢が崩れたのを淵族達は見逃さず、淵族の群れが雪崩のようにクオンに襲いかかる。
「クオン…!」
セラも援護に向かいたいが、淵族達が邪魔でクオンに近寄る事が出来ない。一応光芒を放てば周囲の淵族は一掃出来るが、それだとクオンも巻き込む事になってしまう。そんなもどかしさに悩まされているうちに、とうとう恐れていた事態が起こってしまった。
「っ…!」
クオンの脇腹を狼の牙が噛み裂いた直後…
背後に回った淵族が大きく振りかぶってクオンの心臓部を貫いた。
「う……ぁ…」
淵族がクオンの胴体から爪を引き抜くのと同時に、クオンは武器を取り落としてうつ伏せに倒れ込む。
「…っ!クオン!」
クオンの胴体からは大量の血が流れており、その目からは徐々に光が失われていっていた。




