第36話 恒久の落涙
クオンに渡されたメモを握りしめて、リーヴとセラは未だ夜の中にある街を歩いていく。
「メモにはなんて書いてあるの?」
「えっと…ガーゼ、消毒液、包帯、あと塩だって」
「…ああそっか。クオン、お医者さんなんだもんね」
「塩は、なにに使うんだろ」
「それは…普通に料理でしょ」
そんな雑談をしながら歩いていると、やがて2人は雑貨屋の前に辿り着いた。
「ここに売ってるって書いてあるね」
「じゃ、いこ」
2人は入り口のドアを開けて中に入る。入店を知らせる鈴の音と共に、店主らしき女性がリーヴ達の方を向く。
「いらっしゃい。見ない顔だね…どっか別のところから来たの?」
「うん。わたし達、色んな星を旅してるの」
「そりゃ楽しそうだ。今日は何が欲しくて来たんだい?」
「えっと…ガーゼと、消毒液と、包帯と、塩はある?」
「その内容……もしかして、クオンって子に頼まれて来たのかい?」
「知り合いなの?」
「ああ。塩は今在庫切れなんだけど…クオンちゃんは定期的に、うちで包帯とか消毒液を買ってくんだよ」
「…ここにきた時のクオン、なにか変な様子だったりした?」
「変ってほどでもないけど…あの子、極端に人に触れる事を嫌がるんだよねぇ。買った物も『手渡しはやめてほしい』って言ってたし…潔癖症か何かなのかねぇ」
「…神経削るんだろうな。人の身体に触れないようにして、街を歩くのって」
「うん…クオンも、たいへんなんだね」
店主が先程言っていた通り塩は在庫切れだそうなので、食品を扱う店まで2人は歩いていく。
「夜なのに人がいっぱい歩いてるって…不思議だね」
「うん…なんで、この星はずっと夜なんだろう」
その疑問に対するそれらしい答えが見つかるより先に、食品店の前に到着した。中に入って欲しい物を伝えると、髭の生えた男の店主が閃いたように尋ねて来た。
「ひょっとして…クオンちゃんと知り合いかな?」
「あなたも、クオンをしってるの?」
「ああ。この街じゃちょっとした有名人だからね。墓地の管理人ってのもあるけど…1番の理由はあの子の不思議さというか…そういうのにあるんだ」
「不思議さ?」
「例えば…この前うちにパンとかを買いに来た時の事なんだけどね。在庫が倉庫にあったから、取りに行ってる間は待っててもらってたんだ」
店主はやけに躍動感を感じさせる口調で語り続ける。
「倉庫から帰って来たら、あの子は窓から夜空を見上げて泣いてたんだよ」
「へぇ…空を見ながら泣くって…何でだろう」
「それは分からないな。噂じゃ、クオンちゃんはここじゃない別の星とか、異世界からやって来た妖精だって言われてるけどねぇ」
「べ…別の星から…」
リーヴは若干の苦笑いを浮かべる。
「ま、そんな訳ないってのは分かってるさ。あの子の神秘的な雰囲気から、皆が冗談で言ってるだけだよ」
そう言い残して倉庫に入って行った店主を見送ってから、リーヴとセラは小さな声で話し始める。
「もしかして…わたし達が色んな星を旅してるのって、あんまり言わない方がいいのかな」
「今まで会った人には言ってもそこまで驚かれなかったけど…それって偶然なのかも」
「これからは、不必要にいわないようにしないと、ね」
そんなこんなで買い物を終え、2人は墓地に帰ってきた。
「ただいま、クオン」
クオンの家に入った瞬間、リーヴ達は異様な光景を目にする。
「え…クオン…?」
「あ……おかえりなさい、お2人とも…」
「いや、それより…何で…泣いてるの…?」
セラが心配そうに尋ねる。そう。リーヴ達が帰って来たのを確かめたクオンの目からは、大粒の涙が流れ落ちていたのだ。
「ありがとう…っ、ございます…お、金は…足りましたか?」
クオンは泣いている時特有の乱れた息遣いのまま、リーヴ達によろよろと近寄ってくる。
「お金は…たりたけど…」
「どうしたの?大丈夫…?」
リーヴもセラも、あまりに突然の出来事に慌てふためいている。2人とも目の前で他人に泣かれた事が無いのだ。
「は、い…あれ……なんで…」
クオンは消え入りそうな声を出しながら、両手で涙を拭っている。
「すみ、ません…もう1つの…っ頼み事は…明日でも…良いでしょうか。少しだけ…休みっ…たいのです…」
「うん。全然いいよ」
「あたし達は暇だから、何日でもゆっくり休んでいいからね?」
「はい…ありがっ……ありがとう…ございます…」
クオンは白衣を脱いで椅子にかけ、リーヴ達に背中を向ける。白衣の下に着ている紫を基調とした神秘的な服が、クオンの動きに合わせて揺れている。
「あ…」
2,3歩歩いたところで、クオンがつまづいて倒れ込んだ。
「クオン!」
すぐにリーヴとセラが駆け寄ってきて、クオンの無事を確かめる。
「ひとりで、歩ける?」
「……厳しいかも、しれません…すみません…偶然っ…今日が、少し…調子の悪い日で…」
震えた声で答えるクオンの顔は涙で濡れきっており、心は既にボロボロといった感じであった。当然リーヴ達はその理由が気になったが、流石にこんな状態のクオンに聞くことなんて出来ない。
「じゃあ、あたしが肩を貸すよ」
「でも…クオンには病気があるんじゃ」
「手に触れなければ……大丈夫です…すみません…ありがとうございます…すみません…」
セラはクオンに肩を貸して寝室まで運び、クオンをベッドに寝かせた。
「…このままわたし達の部屋にかえるのも…気がすすまない、よね」
「今日は…ここで寝よっか」
「わたし、部屋から布団もってくるね」
「うん、ありがと」
やがて、2人はリーヴが持ってきた布団をかけて、クオンの両脇辺りに座った。
「クオン…君の身に何があったのかは分からないけど…少なくとも今は、あたし達が側に居るから。それが…君の慰めになれたならいいな」
「うん…わたし達が、クオンの側にいてあげよ。あなたを…1人にはしない、よ」
セラはリーヴの持って来た布団を自分にかけ、寝る直前にそんな事を考えていた。
一方、クオンは起きていたのか寝ていたのか定かではないが、その枕元は大量の涙で濡れていた。




