第35話 まだ、くらい
クオンに寝所を貸してもらい、無事に眠りについたリーヴ達。だが、リーヴはともかくセラにはまた新たな問題が待ち構えていた。
(…やっぱりほっぺ食べてくる…)
今日の、というか今までもずっと、リーヴは寝る時に必ずセラにくっついては頬を食べるのだ。なんか生き物の生態紹介みたいになったが、あながち間違いでもないだろう。
(うぅ…嫌じゃないけど……落ち着かないよ…)
嫌じゃないのかよ。
「ふふ…おもち…」
(おもち…?)
セラはリーヴの寝言に戸惑っている。部屋の中ではリーヴがセラの頬を吸う水音が鳴っており、それは翌朝まで続いた。やがて、クオンが2人の寝ている小屋の前までやってきて戸を叩こうとする。
「お2人とも、朝で…」
そこまで言いかけた時、クオンは言葉を詰まらせた。何故ならば、小屋の中から謎の水音が聞こえてくるからである。その事から、クオンはある事を想像する。
(も…もしかしてお2人とも…そういう関係だったんですか…?)
ひでぇ勘違いだが、クオンの勘違いもある程度仕方がないだろう。何しろ、昨晩の入浴時でも2人はやけにイチャイチャしており、そのやり取りもクオンは扉越しに聞いていたのだ。
「ん…もう朝…?」
「おはようございます、お2人とも」
リーヴが目を擦りながら眠そうな声で外に出て来る。そこで、リーヴは異変に気がつく。
「あれ…まだ、夜なの?」
そう。ここに来た時の時間帯は既に夜で、たっぷりと睡眠も取った筈なのに、空は未だに暗いままなのである。
「はい…実はこの星は、ある時から永遠に夜が続く星となってしまったのです。原因は分かってません…ですが、特に害がある訳ではないのでご心配なく」
「ふぅん…」
「ふぁ…おはよう、2人とも」
説明を受けて頷いているリーヴの後ろから、いつもの服装に着替えたセラも外に出て来る。
「それで、クオン。昨日言ってた『頼み事』っていうのは?」
「まずは朝食にしましょう。その後で構いませんから」
クオンは優しく微笑んで、2人をクオンが住む家へと招き入れた。庭には見たことのない紫色の花が咲い
ており、家の中は微かに花の良い香りが漂っている。
「どうぞ。召し上がってください」
「「いただきまぁす」」
クオンが2人に差し出したのは、二切れのパンと野菜のスープといった健康的な食事だった。
「おいしい…クオン、ありがとう」
「それは何よりです」
「ねぇ、クオン」
「何でしょうか?」
「クオンはどうして…初めて会ったあたし達にここまでしてくれるの?」
「あなた達は客人ですから。精一杯のもてなしをするのは当然の事です」
そのクオンの言葉に偽りは感じられなかった。
朝食を食べ終えて充電も完了したところで、クオンが『頼み事』の内容を話し始める。
「あなた達に頼みたい事は2つあります。まず1つは…」
クオンは白衣のポケットから紙切れを1枚取り出した。
「街で、ここに書いてあるものを買ってきてほしいのです」
正直なところ、セラは拍子抜けした。もう少し難しそうな依頼をされるかと思っていたからである。
「それで…いいの?」
「はい。…もう1つの頼み事は、そう簡単ではありませんが」
「じゃあ、メモちょうだい」
リーヴがクオンの手からメモを取ろうとした為、2人の手が触れそうになったその時…
「…っ!」
昨晩と同様に、クオンが咄嗟に手を引っ込めた。瞳孔は開き、息も荒くなっている。
「…昨日も、こうだったよね。クオン、なにかあるの?」
「あ……えっと…すみません……私…病気なんです」
「病気?」
「はい…空気感染はしないのですが、代わりに、身体に触れると感染る病気で…一応の対策として手袋は着けてますが、あまり効果はなくて…」
今度のクオンは、リーヴでも分かるほどに激しく動揺していた。それほどまでに他者に病気を感染すのが嫌なのだろうか。
「そうなんだ…ごめんね」
「い…いえ、リーヴさんが謝る事では…」
何となく沈んでしまった空気をどうにかするべく、セラが口を開く。
「とにかく、病気を感染させたくないから、あたし達に買い物をしてきてほしいって事だよね?」
「はい。よろしくお願いします」
「うん。まかせて、クオン」
リーヴとセラは墓地を出て、街へと向かっていった。
「……すみません…」
その後ろ姿を眺めながら、クオンは一筋の涙を流していた。




