第33話 もぐる、よ
更衣室にて、セラとリーヴは海に潜る為のウェットスーツに着替えていた。一足先に着替えを終えたセラが更衣室から出ると、先程声をかけてきた女性が2人分のタンクのような物を持って立っていた。
「お、終わったかい。素潜りだと大変だからこれを使いな。酸素が入ってるタンクだよ」
「あ、ありがとうございます」
セラはタンクをしっかりと背負い、その他の細かい潜水の準備をしながらリーヴを待つ。
「セラ、おまたせ」
しばらくして、リーヴも着替えを終えて出て来る。
「あ、リー……ヴ?」
出て来たリーヴの姿を見て、セラは戸惑う。何故なら、その時のリーヴはセラと同じようなウェットスーツとゴーグルを付けてはいたのだが、その他にも浮き輪、足ヒレ、シュノーケルなどと、目的の分からない混沌とした服装をしていたからだ。
「何…何?どうしたの、その…浮きたいのか沈みたいのか分からない格好は」
「あるものぜんぶ付けてみた、よ」
「浮き輪は要らないんじゃないかなぁ」
リーヴは一旦更衣室に戻って着替え、セラと同じような格好になった。
「ふぅ…改めて、おまたせ……あ」
その瞬間、リーヴは気づいてしまった。今の2人は、どちらも普段より身体のラインが出る服装をしている。そして反射的にセラの胸元を見てしまったリーヴは、自身の胸部を数秒ほど見つめた後に悔しそうに呟く。
「……まけた…」
「…急にどうしたの?」
「セラに…まけた…」
「何が?」
「セラの方が…おっきい…」
「え?身長ならリーヴの方が大きいよ?」
「うぐぅぅぅぅぅ…!」
その無意識の言葉がリーヴに地味な追い打ちをかけたようだ。何はともあれ、2人はいよいよ海に潜る事となった。
「そういえば、わたし泳いだことない。セラは、泳げる?」
「あたしの星には水があんまり無かったから…水遊びくらいならした事あるんだけど」
「大丈夫だよ、2人とも。危なくなったら他の奴らが助けてくれるさ。それと…魚を取る時はこれを使いな」
桟橋の上で2人に手渡されたのは、長い銛だった。重さも丁度よく、ギリギリではあるがリーヴでも持てる程度だった。
「じゃ…そろそろ行っておいで。あんまり気を張らずに、観光の一部だと思ってね!」
そして、2人は遂に海へと飛び込んだ。セラの育った星には一応オアシスがあった為、水に潜った経験自体はある。だがリーヴにとっては正真正銘、初めて自然界の水に触れた瞬間だった。
「おお…これ、おもしろい。水のなかでも、息ができる」
リーヴはセラにそう伝えたつもりだったが、生憎水中なので声が届かない。
(想像してたより静か…なんか、静寂の領域を思い出すなぁ)
それ聞いたら静寂はギリキレそうだが。
(あ、お魚いた。でも…水の中だと多分声聞こえないよね)
「んっ」
リーヴは口を閉じたままくぐもった声を出し、斜め下の方を指差す。
(食べられそうな魚だ…取るの?)
(うん。沢山とって帰ろう)
これだけ見るとテレパシーで会話してるようにしか見えないが、一応ジェスチャーで会話をしている。
比較的大きめの青魚に後ろから近づき、リーヴが銛を力強く突き出す。
(やった、取れた)
リーヴは見事に魚を仕留めた。
(ふふん。わたしの、はじめての勝利)
それでいいのか。
(あ、あたしも取れた)
(よし。まだまだいっぱい取ろう)
それから、2人は沢山の魚を取った。生態系に影響を及ぼさない範囲で。
(そろそろ上がろうか)
(うん。いっぱい捕まえたし、ね)
2人が桟橋に上がると、リーヴ達に服を貸してくれた女性が立っていた。
「おかえり。見たところ…大漁だね。よかったよかった。今日居ない奴らの分を抜いても、あんた達の食事には十分足りるよ」
「がんばったから、ね」
「お疲れ様、リーヴ」
「セラもね」
その夜、女性は2人に夕食を作ってくれた。焼き魚や煮魚、刺身などの沢山の魚料理が振る舞われた。
「おいしい…!この冷たいお魚、すき…!」
リーヴは刺身が特に気に入ったようだ。
「魚っておいしいよね…!あたしも大好きだよ」
「気に入ってくれたようで何よりだ。いっぱい食べておくれ!」
2人は心ゆくまで魚料理を堪能し、やがて夜になった。なんとこの女性、服を貸してくれた上に食事を作ってくれた挙句、寝る場所まで用意してくれるらしい。2人は寝る前に、布団に入って小さな声で話している。
「やさしい人に出会えてよかった、ね」
「うん。これから出会う人も皆…こんな人ばっかりだったらいいな」
2人はこれからの旅路の安泰を願って、眠りについた。
おまけ『追い打ち』
2人が潜り漁を行った翌日…
「え?昨日言ってた『負けた』って…胸の大きさの話だったの?」
「うん。セラにはかてない。一生かかっても」
「そ…そんな事ないよ。ほら、リーヴも…膨らみが視認出来るくらいにはあるから、元気出して…?」
「うぐぁぁぁぁぁぁ…」
セラはやはり無意識に追い打ちをかけてしまうのだった。




