第3話 なにもなくても
彷徨者がセラの寝顔を眺めていると、寝ているセラが突然咳き込み始めた。
「セラ…大丈夫?」
セラはその問いにすら答えられないほどに激しく咳き込んでいる。
「…お母さん、呼んでくるね」
彷徨者がセラの母親を呼んでくると、母親は少し深刻そうな表情で呟く。
「…これは家じゃ対処出来ないね。医者を呼んでくるから、悪いけどセラの側に居てやってくれないかい?」
「わかった」
「ゲホッ…彷…徨者…?ダメだよ…咳してる人の近くに居たら…」
「でも…側に居てって言われた」
セラが辛そうに咳き込む度に、彷徨者の心が痛む。その瞬間、彷徨者の脳内にとあるイメージが湧いて来た。
「これ…あの時と同じ…」
『あの時』とは、彷徨者がこの星に来る時に異能を使用した時の事だった。
「なら…今回もできるはず」
彷徨者はセラの額に右手を翳し、目を閉じて念じる。『セラの咳が止まるように』と。すると、銀色の光がセラの身体を包み込み始めた。
「彷徨者…?何して…」
セラは不思議そうに呟くが、すぐに自分の身に起こった事を理解した。
「咳が…止まった…!それだけじゃない…息も苦しくない…!」
どうやら、彷徨者がセラの喘息を治したらしかった。
「ふふ…よかった」
ホッとしたように微笑む彷徨者だったが、内心は疑問でいっぱいだった。
(これも…わたしの異能?でも…異能を2つもってる人なんて、いるのかな)
彷徨者がそんな事を考えている時、セラの母親が医者を連れて帰って来た。
「ただいま…って、あんた…咳止まってないかい?」
「うん、さっきね…」
セラはどこか嬉しそうに先程起こった事を説明する。
「そんな事が……どうやったのか分からないけど…ありがとう、彷徨者」
「顔色や呼吸音などに問題はありません。が…念の為明日までは安静にしてください」
簡単な診察を済ませ、医者が指示する。
「分かった。じゃあ、あたしは一応寝ておくね」
「はいよ」
気づけばもうすっかり夜だった。彷徨者はセラの家で夕食を食べ、やがて眠りについた。そして、セラの
中にはとある感情が生まれていた。
そして翌日…
「じゃあ、わたしはそろそろ行くね」
セラの家の玄関の前で、彷徨者がセラの母親に挨拶していた。
「そうかい…ま、『彷徨者』だしね。元気で居ておくれよ」
「うん、ありがとう」
彷徨者がセラの家に背を向け、歩き出そうとしたその時…
「ま…待って!」
セラが勢いよくドアを開けて出て来た。なんかドアから変な音がした気がするが、とりあえず不問にしておこう。
「セラ…どうしたの?」
「え…えっと…あたしも…」
「…?」
セラは自分の意見を伝えるのが苦手である。セラの言いたい事がよく分からない彷徨者だったが、長年の付き合いである母親にはお見通しだったようだ。セラの母親はゆっくりと彷徨者に近づいて耳打ちする。
「多分セラはね…あんたの旅に着いて行きたいんだよ」
「わたし、に?」
「そう。前にも言ったように、セラの故郷はここじゃない。表には出してないけど、本人は案外自分の故郷に行ってみたいって思ってるんだ」
「そう、なんだ」
まるで他人事のような返事をした彷徨者だったが、その返事とは裏腹に、セラに歩み寄って手を差し出す。
「…いっしょに、行こ?何も無いわたしで良ければ、だけど」
「いいの?」
「うん。わたしは、自分の身を守れないから。戦える人が側にいてくれると、うれしい…よ」
その途端、セラの表情がパァッと明るくなる。
「やった…!これからよろしくね、彷徨者」
「よろしく、セラ」
そんなやり取りをする2人の後ろで、セラの母親が腕を組んで頷いている。
「じゃあ、行こっか」
「あ、ちょっと待って…」
セラは一旦引き返し、母親に抱きつく。
「セラ…?」
「お母さん。急に空から降って来たあたしを…こんなに大きくなるまで育ててくれて、ありがとう」
予想外の言葉に、母親はセラの頭を撫でながら答える。
「…良いんだよ。離れてても…私達は親子だ。さ、行っておいで」
「うん、行ってきます」
セラと彷徨者は、砂漠の果てへと歩いていった。村が見えなくなった頃、不意にセラが呟く。
「そういえば…」
「なに?」
「『彷徨者』って…その…呼びにくくないかな?一緒に行動するなら、もう少し呼びやすい名前がいいな…って」
「むぅ…たしかに……じゃあ、セラが付けて」
「え?」
「わたしの名前。初めての友達に付けてもらえたら、うれしいな」
そう言われたセラは数分ほどの間、真剣な表情で考え込む。そして、結論を出す。
「…リーヴ」
「りー…ゔ?なにか、意味があるの?」
「うん。昔に読んだ本でね、『命』って意味らしいんだ。君は自分の事を『何も無い』って言うけど…あたしはそう思わない。君の中には『優しさ』だったり、色んな物があると思う。その中の筆頭として…君自身の『命』がある。何も無くない…君には君の『命』がある…そんな意味を込めたんだけど……どうかな?」
彷徨者は頑張って説明の意味を理解し、そして微笑みながら返答する。
「…ふふ。すてき」
「本当?よかった…じゃあ、これからリーヴって呼ぶね」
「うん。ありがとう」
「どういたしまして」
「そろそろ、他の星に行こう。ここなら人目にもつかない…と思う」
2人の目の前に虹色の穴が開き、2人はその中に歩を進める。こうして、彷徨者…改め、リーヴとセラの星々を巡る冒険が始まった。
名前。それは『無』であった彼女が、最初に貰ったもの。