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大宙の彷徨者  作者: Isel


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第?話 追想:偽神の生誕

銀河に名を馳せる大企業『W.C.P』の総監にして、銀河を股にかける犯罪組織『六芒星』の幹部でもある男。彼の名はアノイトス=ノーレッジ。世間的にもそう知られている。しかし、それは彼の本名ではない。彼の真の名は『カリファティア=ノーレッジ』であり、今でこそ俗に言うハイテクな星で暮らしているが、元々彼は辺境の星出身だった。それも、未だに神を『人知を超えた上位存在』として崇拝しているような、外星との関わりも乏しい星の出身だった。

霞んだオレンジ色の砂が満ちる砂原。アノイトスの故郷の集落はその中にあった。作物や家畜が本当に全く育たない訳ではないが、食料の確保は常にギリギリ。雨もたまにしか降らない上、基本的な気温も中々に高い。

そんな過酷な環境に身を置く人々が縋った物。それこそが『神』だった。人知を超えた力を持つ存在を、その村の人々は崇拝した。昔の話故、『神』の存在がどうやってこの辺鄙な星に伝わったのかはアノイトス自身もよく知らない。しかし、この星には確かに神種族を崇拝する文化があった。特にどの神を信仰している訳でもなかったのだが、供物と祈りを捧げれば雨が降り、病は治り、気候も穏やかになった。当時はアノイトスも神の存在を有り難がり、神を敬愛していた。


「姉さん。仕事は終わった?」

「今丁度終わったわよ。カリファティアは?」

「僕ももう終わったよ」

「そう。なら、一緒に礼拝堂に行きましょう?」

「うん」


アノイトスには姉が居た。父親が早くに亡くなったので、母と姉と自分の3人で真面目に働いて暮らしていた。前述の通りの環境だったので、決して楽な暮らしではなかったが、幸せである事は確かだった。

村はそこまで大きくなかった。住民が総勢で200人にも満たなかった。その中でもアノイトスの母と姉は熱心な信者であり、特に母親なんかは暇さえあれば礼拝堂へ赴き、感謝の言葉と祈りを捧げていた。ちなみに『起床時と正午、日没に1回ずつ祈る』というのがその村の風習だ。そして母親のそれに対して、アノイトスは特に変な事だとは思ってはいなかった。


(母さんはこれだけ熱心な信者なのだから、いつか今までとは違うもっと大きな恵みを与えてもらえるかもしれない。いつの日か……母さん達の信仰が報われてほしい)


アノイトスは心からそう思っていた。

しかし歳を重ねるに連れて、同時にとある不信感も抱くようになった。


(それより、僕達が『神の恵み』としている降雨などの現象は……本当に神が与えた物なのか?全て自然に起こり得る、それも前からこの村に起こっていた現象じゃないか。ただの偶然を都合よく解釈しているだけじゃないのか?母さん達の信仰と献身は……本当に報われるのか?)


アノイトスは同年代の人間と比べて聡明だった。そんな疑念を抱きながらも、彼は存在を疑っている神へ、毎日のように供物と祈りを捧げていた。

ーーーーー

アノイトスが15歳になった頃、彼の故郷を悲劇が襲った。未だ嘗て無い規模の大地震が村を襲ったのだ。さして丈夫でなかった建物はほとんど全てが崩壊し、その当時火を使っていた家は当然火災に見舞われた。

自宅で洗濯物を干していたアノイトスは、大焦りで外に飛び出した。家族の姿が見えないどころか、他の住民の姿も見えない。アノイトスはすぐに住民達の行き先が思い付いた。


「母さん……姉さん……!まさかまだ礼拝堂に居るのか……!?」


何度も言うが、この村の人々は『神』という抽象的な概念を信仰している。だからこそ、こういった危機が訪れた時はその神の居る場所である礼拝堂に集うだろうと考えたのだ。


「こんな時にまで信仰を優先か……!信心深いのは良い事だけど……!」


礼拝堂は村の中心にあるのだが、アノイトスの家はそこから少し離れている。木製の家が徐々に燃え朽ちていく中、アノイトスは懸命に走った。全員と知り合いな訳ではないが、家族以外の住民も幼少期から共に過ごしてきた仲間だ。見捨てて自分だけ逃げる訳にはいかなかった。


「ハァ……ハァ……!着いた……!皆!」


アノイトスは息を切らしながら、勢いよく扉を開けた。……もしかしたらそれが原因だったのかもしれない。広がる火の手によって損傷し続けていた礼拝堂は、アノイトスが扉を開けた瞬間に『バキバキ』と音を立てて瓦解した。この村は資材に乏しく、礼拝堂もまた木材で作られた物だった。むしろここまで形を保っていた事を賞賛するべきだろう。ただ、アノイトスにそんな余裕が無い事は誰の目にも明らかだろう。


「う……嘘だ……!母さん!姉さん!」


悲痛な声を上げながら、アノイトスは炭と化していく礼拝堂の残骸を掻き分けていく。そして残骸の中央辺りで、彼は見つけた。黒く焼け焦げ、炭の塊と成り果てた住民達の遺体を。外見から既に長い間焼かれていたのが分かる。この礼拝堂はかなり昔からあったので、老朽化も激しかったと聞いている。もしかしたらここに集まった住民達は、火炎にその身を焼かれながらも、自分達の信じる『神』へ助けを乞うていたのかもしれない。

しかし、アノイトスの精神は歪な方向に強靭だった。心の奥底から溢れ出る悲しみを全て憎悪に変換し、迫る火の手も気にせずに炭の中央で叫び出した。


「何故だ……何故母さん達が死ななければならない!皆はお前達(神々)に尽くしたじゃないか!見ているんだろう!?何故応えない!?この……無能共が!!」


この時から、アノイトスは薄々だが分かっていた。以前の自身の疑念通り、そもそもこの星に神など居なかったのだ。一見すると神の恩寵のように思えた現象も、全て単なる自然の気まぐれだったのだ。礼拝堂の中で焼け死んだ者達は、最初から存在しない神に祈り縋り、与えられる筈の無い救済を求めて叫び続けたのだ。確かにこの一件は悲劇であったが、客観的に見れば何もおかしな点は無い。全て人間の勝手な妄想でしかなかったのだから。それはアノイトスも分かっていた。しかし、彼の家族や故郷を愛する心は凄まじく強かった。その強い愛情が事実に対する認識を歪め、神への憎悪へと変わっていったのだ。そして彼は『神の根絶』を心に誓い、その目的の為の活動を開始した。

ーーーーー

それから5、6年程経った。結局住民は全員死亡していた事が分かり、今この星に住むのはアノイトスだけになっていた。彼が復讐の為に始めたのは、まず勉強だった。火の手があまり届かなかった村の外れには書庫があった。どこで集めてきたのかは知らないが、そこにあった大量の本を読み漁り、アノイトスは膨大な量の知識を身に付けていった。中にはかなり古い書物もあり、そこからは神に関する様々な事が知れた。『神』の語源は、遠く離れたとある星の文化の中にある事。今の世界に存在する『神』は、人間から派生した一種の生物である事。語源の方の『神』は今の常識とは違い、どの生物とも比べられないような上位の存在だった事など。自分達の星がいかに閉鎖的で、かつ時代遅れな思考をしていたのかを、アノイトスは知った。


(今この世界に存在する神はただの人間の亜種……?そんな存在が、他の星やかつてのこの星で崇敬を集めていたと?……馬鹿馬鹿しい)


前述の通り、アノイトスもかつては神を敬愛していた。しかしそれは、どちらかと言えば語源の方の神だ。彼が崇拝したいのは人から派生した亜人間などではない。


「……」


年単位で知識を貪り続けたアノイトスは地頭の良さも相まって、既にそこらの学者を凌ぐ頭脳を有していた。そんな彼には、とある重大な悩みがあった。


(この星にある資源では、星間移動装置を作る事は出来ない……蓄えたワタシの知識を活用すればいつかは可能になるでしょうが……それでは遅すぎる。何をするにも、行く手を阻むのはワタシ自身の人間としての限界……まずはこれを乗り越えなければ)


知っての通り、アノイトスはただの人間だ。いくら明晰な頭脳を有していようが、寿命からは逃れられない。アノイトスが問題視したのはその点だった。

彼が若返りの方法を模索し始めた頃、彼が拠点としている書庫を誰かが訪ねて来た。この星に自分以外の人間が居るとは思っていなかったアノイトスは、そのノックの音に内心かなり驚いたという。


「……誰ですか?」

「唐突にすまないね。君に害意がある訳じゃないんだ。申し訳ないが、中に入れてもらえるとありがたい」


至極落ち着いたダウナー系の女性の声だった。敵意を感じなかったので、アノイトスはとりあえずドアを開けた。


「お、開けてくれた。演算通りだね」

「……どうやってこの星に?ここにはワタシ以外誰もいない筈ですが」

「それを説明する前に自己紹介させてくれたまえ。私は『ウィズダム』。『知恵』の概念種さ」


その名乗りを聞くや否や、アノイトスは護身用に携帯している銃をウィズダムへ突きつけた。


「おっと撃たないでくれよ。まあ、これも演算通りだけど」

「……消えてください。概念種も神の一種……ワタシは神が嫌いです。アナタとお話しする事はありません」

「まあまあそう言わないでくれよ。私は権能によって世界の全てを知り、その知識を元にした演算で疑似的な未来視が出来るんだがね?」

「話を続けないでください」


アノイトスは言ってみたものの、話を止める気は無さそうなのでひとまず聞いてみる事にした。


「その演算の結果、とある1体の概念種がこの世界にとんでもない被害を齎す事が分かったんだ。そこで……君と取引をしたい」

「取引?」

「ああ。私は友人達と共にその概念種に立ち向かってみるが……私の解は『敗北』だ。『あれ』は次元が違う……勝てる訳がないよ。しかし、だからと言って何も手を打たないのはこの世界にとってまずい……」

「だから何だと言うんです。全てを知っているならば、ワタシの思想も知っているでしょう。ワタシは神を屠り尽くす事を目的としています。アナタと手を組む気は……」

「私が君の寿命を無くせる。と言ったら?」


ウィズダムは食い気味に提案した。それだけ自身の提案が、アノイトスにとって魅力的であると確信していたのだろう。


「……馬鹿げている。そんな事どうやって……」

「概念種を神と同じにしないでくれたまえ。まあ、私が用いる方法に種族は関係ないが」

「質問に答えてください」

「はいはい。眷属ってやつさ。聞いた事はあるだろう?」

「眷属……神種族が己の魔力を以て生み出す、直属の兵士……そのように記憶していますが」

「大正解。私は恐らく死ぬだろうから、私の意思を継ぐ者を残しておきたいのだよ」

「……」


アノイトスは考えていた。確かに、自身の野望を実現させる為には不老が絶対条件となってくる。しかし、その為には駆逐対象である神種と手を組まなければならない。その葛藤も『知って』いるのか、ウィズダムは1人で話を始めた。


「私は戦闘が得意でないから恐らく負けるだろう。鍛錬をしようが私には無理だ。演算がそう言っている。しかし、君達人間は違う。私達とは異なり、時間こそかかれど進化が出来る。いつの日か神や概念種すらも屠る程の力を手にした君が、人類や世界の為に戦ってくれる……そんな未来を期待しているのだがね」

「……フッ」


アノイトスの答えは決まったようだ。


「良いでしょう。我が望みの成就の為……しばしの間、忌まわしき神の下僕となりましょう」


彼は神を憎んでいるが、その実本物の神を見た事はなかった。だからこそ、自身の知識の中に居る神とは違って人間を信じているウィズダムなら、自分も信じて良いのではないか。そう思ったのだ。


「決まりだね……じゃあ、早速取り掛かろうか」


この日、アノイトスことカリファティアは、知恵の眷属となった。

ーーーーー

それからは順調だった。故郷の星を抜け出し、自身の戦力を高める為の計画を練り始めた。

彼はウィズダムとの口約束を破ろうとはしなかった。それについてウィズダムが尋ねたところ、


「ワタシは神とは違い、自身が受けた恩は必ず返します。どんな形や経緯であれ、献身は報われるべきなのですから」


だそうだ。

最初に彼は『聖賢学会』という組織を作った。彼が本名を隠し『アノイトス』という偽名を名乗り始めたのもこの頃だ。アノイトス自身は魔力を扱えない為、募集する学会員は全て魔力を扱えない人間に絞った。彼が最初に掲げていた学会のスローガンは『人の手で神を超える』というオーソドックスな物だった。しかし、それは増えすぎた学会員の手によって歪められ、最終的に聖賢学会全体の目的は『人の手で異能力者を創り出す』というカルト染みた野望に変わっていった。そんな学会を、アノイトスは早々に見放した。

次に、彼は資金調達も兼ねて起業した。ここに至るまでの立役者となったウィズダムの名を借り、社名は『ウィズダム・コーポレーション』にした。社員の中には『セイジェル』という、もう1人の知恵の眷属の姿もあった。ちなみに、アノイトスは知恵の権能を受け取る事を拒んだ。彼曰く、


「神の力を受け取るのは話が違います。ワタシが欲していたのはあくまでも不老だけですから」


らしい。つまり、ウィズダムが持て余した知恵の権能『だけ』を授かって生まれた眷属がセイジェルなのである。

そして長い長い時をかけて、偽神の兵装は完成した。彼はここをゴールと思っていた訳ではないが、計画がひと段落ついたのは確かだった。彼は黒鉄の神座を眺めて、両手を広げて呟くのだ。


「……さぁ、神無き世界の為に」

キャラクタープロフィール

【原初の聖賢】カリファティア=ノーレッジ

種族 人間

所属 W.C.P

異能 なし

好きなもの カピバラ コーヒー

嫌いなもの 神種族全般 弾詰まり

作者コメント

信者である母親や姉達を裏切った神を憎み、神を無価値な存在として駆逐する事を誓った人間。たまに話してる訳分からんカタカナの言葉は所謂母国語である。ちなみに中庭に居たでかカピバラはこいつが遺伝子組み換えで生み出した、本人曰く「究極のペット」らしい。何言ってんだこいつ

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