第183話 決戦:叡智の結晶
「下準備を施しましょうか。アクティブ、アンプリフィケーション!」
アノイトスのエコーがかった声が響くと、実験場の壁に無数のグリッジが走り始めた。それは少しの後に消え去り、また元の無機質な壁に戻った。
「これは……?」
「『魔力改造』……ワタシはそう名づけました。魔力を含有する物体に干渉し、その性質を思うがままに操作出来る技術です。今、ワタシはそれによって壁を極限まで強化しました。存分に力を発揮出来るという事ですよ……お互いに」
今まで戦って来た相手と比べて、ヤルダバオトはあまりにも巨大だ。その分威圧感は凄まじく、ヤルダバオトが佇んでいるだけでリーヴ達は気圧されてしまう。
しかし。気圧されど。彼女らは決して下を向かない。足を後ろに下げる事もしない。何故ならば、彼女達の中に『何か』が燃えているから。星間旅団に属する者は皆、お世辞にも好戦的とは言えない。全員が無用な争いを嫌う温和な性格だ。そんな彼女達の心に、燃ゆる何かが今、確かにある。それを何と呼ぶかはある程度人によるだろう。だが、ここに居る者は奇しくも全員、その『何か』を同じ言葉で認識していた。リーヴ、セラ、クオン、アルシェン、アノイトス。彼ら、彼女らはその感情を『闘志』と呼ぶのだ。
「俗世を焼き尽くしましょう!」
ヤルダバオトの巨大な右腕がリーヴ達の足場を薙ぎ払っていく。その通り道には大量の火炎が降り注いでおり、半円状の足場が悉く焦土と化していく。
「リーヴっ!」
「アルシェンさん!」
セラとクオンが2人の身体を抱き上げ、正しく『天災』と呼ぶべき爆撃から逃れる。
「覚えておきなさい。攻撃は……時には敵を動かす為にも使えるのですよ」
空中を飛び回る2人を、ヤルダバオトの翼から放たれた大量の閃光が追撃する。しかし2人もただ逃げるだけが能ではなく、武器や魔力を用いて何とか追撃を捌いている。
「……」
その様子を見たせいかは分からないが、アノイトスは何か想いが込み上げて来たようだ。
「……分かってはいました。ワタシのしている事は、少なくとも倫理的に正しい事ではない。クオン。アナタの言う通り……本来ならば、命の価値など論ずるべきでないのです。これもアナタの言う通りですが、人の役に立っている神も……事実居るのですから」
その辺の神よりも神らしい荘厳な声音で、アノイトスは語る。
「しかし……例外など挙げていてはキリがない。神たり得ない神種の方が多いというのもまた事実です。故に……ワタシはアナタ達に負ける訳にはいかない。アナタ達にアナタ達の正義があるように……ワタシにもワタシの正義があるのですから!」
今度はヤルダバオトの左腕が足場を薙ぎ払う。降り注ぐのは火炎ではなく吹雪であり、先程よりもダメージは無いが、足場が不安定になっていく。
「す……すべる……!ちょっとたのしい」
「今度スケート行けば良いから!今はやめよう?」
戦闘中にも関わらずリーヴは『きゃっきゃっ』とはしゃいでいる。
「何と呑気な……置かれている状況が理解出来ていないようですね!」
アノイトスが叫ぶと、ヤルダバオトの右手に近未来的な大剣が握られた。半分に割れ開いた刀身の間には青白く神々しい光が迸っており、それは『神剣』と呼ぶに相応しい様相であった。
「あ、あれ……当たったらまずいんじゃ…」
「神々よ、刮目せよ!人の紡ぎし……叡智の極点を!」
ヤルダバオトは斜め上に掲げた神剣を迷いなく振り下ろし、リーヴ達の足場を一刀の下に両断する。纏う魔力が極めて高音だったのか、切断面は未だオレンジ色の光を放っている。
「危な……!あんなの当たったら致命傷じゃ済まないよっ……!」
「落ち着いてください。足場は奪われましたが、あんな規模の技はそう何度も撃てない筈です。今度は私達が攻撃を……」
何とか仲間達を落ち着かせようとするクオンの頭上には、つい先程見たような青白い光が迫っていた。
「神威を以て……!神を屠るっ!!」
「クオンっ!」
セラの正面に居たクオンの身体は光に包まれて消滅し、セラでさえ目が眩む程の激しい閃光が実験場を覆った。すぐに紫の蝶が集まってクオンは蘇ったが、それでも息が乱れている。ダメージは大きそうだ。
「拍子抜けですね。全力を出すに相応しい相手かと思いましたが、違いましたか?」
そのアノイトスの挑発で、セラの中にある戦士の魂に火がついた。
「……じゃあ、ここから反撃だよ!」
「行きましょう、セラさん」
セラは極光の力を解放し、クオンと共にヤルダバオトへ突撃する。
(この巨体なら小回りは効かない……だったらあたしの得意分野だ!)
クオンがヤルダバオトの顔面に斬撃を飛ばして注意を引き、その隙にセラはヤルダバオトの全身を斬りつけていく。
(やっぱりダメージが少ない……!部位ごとに集中して攻撃しないと)
光のように一瞬でヤルダバオトの左腕の先端に移動し、左手の剣を順手持ち、右手の剣を逆手持ちに持ち変える。そして横向きに回転しながら、ヤルダバオトの左腕を削り取るように斬りつけまくる。
「はああああああああああああっ!!」
一方のリーヴは空など飛べないし、アルシェンもせいぜい『浮遊』しか出来ない。故に後方支援程度しか出来ない2人は視線をほぼ固定したまま立っていた。
「ヤルダバオトの傷、増えてきた、ね」
「セラちゃんのおかげで、左腕はかなりダメージが入ったと思います……!わたしにも何か出来たら良かったんですけど……」
その時、大きな爆発が起こった。セラに気を取られたヤルダバオトの右肩にクオンが移動し、右腕の付け根を『夜』と『死』を混ぜた魔力で爆破したのだ。流石に破壊とまでは行かなかったが、それでもヤルダバオトが少し仰け反る程度のダメージではあったようだ。
「……ふぅ。反撃にはなったかな」
「この調子ですよ、セラさん」
クオンとセラがリーヴ達の下に帰って来た。多少抵抗を受けたせいで少し負傷はしているが、まだ擦り傷と呼べる程度だ。これならいける。この調子なら勝てる。リーヴ達が4人共、そう確信した瞬間だった。その刹那、彼女らの上空が眩く光った。先程の斬撃などとは比べ物にならない、語源の方の『神』を彷彿とさせる光だった。
「何……これ……!」
セラが振り向くと、そこには青と赤の2本の光で形成された魔力の巨槍を両手で握っているヤルダバオトの姿があった。
「この光は終局ではない……新たなる世界、神無き世界の、始まりを示す光っ!!」
ヤルダバオトは厳かな動作で、その槍を地面に突き刺した。そして起こったのは、宇宙の始まりを想起させる程に大規模な爆発。赤と青の入り混じる閃光が実験場を包む。足場を崩壊させる。魔力改造で強化した筈の壁すら、パラパラと欠片を落として震えている。そんな神の怒りのような大爆発に、ただ1人。対抗する少女が居た。
「うっ……くぅっ……!」
リーヴが咄嗟に前に飛び出て、両手を前に向けて必死に魔力を吸収しているのだ。いくらリーヴが最上位の種族とはいえ、権能の扱いが未熟なのは事実。彼女にこの攻撃を凌げる確信など無かった。しかし、例え確信が無かろうが、凌がなければ死んでしまうのだ。自分も、大切な仲間も、何もかも。
「ぐっ……うぅああああああああっ!!」
何とか、決死の思いで攻撃を凌ぎ切ったリーヴは、実験場に落ちて来た時よりも更に力無く宙を舞う。そんなリーヴをセラが受け止め、優しく地面に降ろす。
「リーヴ!大丈夫!?」
「うん……わたし、役にたてた、かな」
「もちろんですよ。ありがとうございます、リーヴさん」
「リーちゃんが居なかったらわたし達死んじゃってましたよ!ありがとうございますね!」
「ふふ……よかった」
『にこ』と弱々しく笑うリーヴを、セラは何も言わぬまま抱き締める。
「……勝とうね、リーヴ」
「うん。絶対まけない、よ」
リーヴのその言葉は仲間達に向けられたようにも、アノイトスへ向けられたようにも聞こえた。足場が崩れた事で全身が見えるようになったヤルダバオトは、更に威厳に溢れた姿を誇っている。
「さぁ……フィナーレです」
ボスキャラ解説
【黒鉄の神座、神否む巨神】偽神兵装 ヤルダバオト=アノイトス
種族 ?
所属 W.C.P
異能 なし
今回使用した技
・β=ブリザード
→薙ぎ払いと共に吹雪を起こす
・Ω=ヘルフレイム
→薙ぎ払い&火炎旋風
・デウスバスター
→超神種特攻の範囲攻撃。その上人間が食らってもまぁ致命傷
・ジェネシスレイ
→ヤルダバオトの超大技。創り出した光のクソデカ槍を地面に突き刺し、とんでもねえ大爆発を起こす。魔力改造で強化された壁が無ければ普通に星が消し飛んでるレベル
概要
最もラスボスっぽい中ボス。こんな化け物兵器作れるのにアノイトスはあくまでも人間らしい。中ボスと呼ぶと弱く聞こえるが、多分前作の章ボスと比べても3本の指に入る実力者。というかアノイトス、今までうちの作品では章ボスの特権だった形態変化を可能としているな。マジで何者だよ。




