第182話 顕現:黒鉄の神座
「……ぁぁぁぁぁあああああ!!」
アノイトスが開けたであろう大穴はリーヴ達の想像よりずっと深く、空を飛んだ経験の無いリーヴは上下が分からなくなるほどに空中で回転していた。
(やばい……なんか出そう。すっごい気持ちわるい。だめだめ……下にはセラ達がいるんだから…)
リーヴがそう決心した途端、彼女は頭を壁にぶつけた。そしてその衝撃で……
(あっこれだめだ。出る。すっごくすっごく気持ちわるい。ごめん皆……)
「リーヴっ!!」
リーヴがえずいた瞬間、セラが壁を蹴り上がって来てリーヴを抱き抱えた。リーヴの息遣いは乱れており、目の焦点もあまり合っていない。あと少し遅ければ……まぁ、詳細は語らないでおこうか。
「あれ……せら……」
「大丈夫?すっごいグルグル回ってたから、心配で上がってきちゃった」
「うん……ふふ。ありがとう。クオン達、は?」
「大丈夫だって言ってた。しっかり掴まっててね……あたしも頑張って離さないようにするから」
その少し後、下の方に眩い光が満ちているのが見えて来た。
「あれが移動装置……なのかな」
「多分ね。口は閉じておいた方がいいよ」
リーヴは律儀に口を一文字に結び、精一杯の力でセラにしがみつく。4人は程なくしてその光の中に落ちていき、アノイトスの言う『実験場』に辿り着いた。
「……よし。到着っと」
「よいしょ……ありがとう、セラ」
キチンとお礼を言いながら地面に降り立ったリーヴ。その視界の向こうには一足先に辿り着いていた仲間達と、リーヴ達に背を向けて立っているアノイトスが居た。アノイトスの更に奥には謎の空洞があった。何に使うのかは分からないが、とりあえず一軒家よりはずっと大きな空洞だった。
「……来ましたか」
「アノイトス……ここは?」
「言ったでしょう、実験場だと。ここは無人の小惑星ですよ」
彼は再び両手を広げて、そのまま前進していく。
「時に皆さん。神とはどうあるべきだと思いますか?」
「どうあるべきって……課せられた役目を果たしたりしてれいればいいんじゃ……」
セラは不思議そうな顔をして言う。
「△ですね。役目を果たすだけでは足りません。人を超えた、超常的な力を持つ生命体として……彼らはその力を世界の為に使うべきです。人々の前に立ち、人々を守り、導き、時には罰する……ワタシが思う神とは、そうあるべきなのです」
「……なるほど。それを出来ていないから、あなたは神を無価値な存在と考えている訳ですね」
「正解。プラス20点。正解の褒美として、アナタに自身の考えを述べる権利を与えましょう」
アノイトスは空洞の前にある柵に辿り着いた時、その台詞と共に振り返った。何も言わないところを見ると、どうやら本当にクオンの意見を待っているようだ。クオンもそれに気づいて、ゆっくりと意見を述べ始める。
「やはり……命の価値の有無を説くのは苦手です。全ての命には等しく価値があります。確かに今世界で『神』と呼ばれている生物は、語源の方の神とは似ても似つかないかもしれません。しかし、それが無価値の証明になり得ますでしょうか?それにあなたが知らないだけで……一部の神は実際に人々の道標になっているというのも、また事実。それらまで狩ってしまうのはいかがなものかと」
「……なるほど。それがアナタの考えですか」
アノイトスは少し考え込んだ後、おもむろに自身の左腕に装着している腕輪を弄り始めた。電子的な操作パネルが表示され、何やらポチポチとやっている。
そしてアノイトスが操作を終えた時、あの巨大な空洞に鉄の巨人が現れた。無機質な黒い翼を携えており、神々しい様相でアノイトスの背後に鎮座している。それは最早巨人ではない。アノイトスの叡智を結集して作られた『巨神』であった。
「おっ……きい、ね」
「これも……アノイトスが作ったの……?」
「ご名答。其の名は『ヤルダバオト』……ワタシの最高傑作にして最終兵器です」
その時、ヤルダバオトの胸部が開いて、操縦席の中から光の階段が降りて来た。アノイトスはそれを1段1段確実に登っていき、その時もまた両手を広げている。
「アナタは……クオンと呼ばれていましたね?」
「……はい」
「ワタシの答えを示します。この世界に神は不要……その結論は変わりません。ですが……人々の道標となる神は一部ながらも存在し、それらは確かに必要とされている。その点は認めましょう」
アノイトスは階段の中段辺りまで登っている。
「なら……ワタシが『それ』になれば良い」
「……!?」
「人々を守り、導き、罰する……この世界の唯一神となれば良い」
あまりに壮大なアノイトスの話に、リーヴ達は思わず口が利けなくなる。その間にもアノイトスは階段を登り続け、遂に操縦席へと辿り着いた。その拍子に、彼は振り返って宣言する。
「アナタ達は今宵、偉業を刮目する事となる。人が、神の力を手にする瞬間を……人が、神をも超える瞬間を……!さあ、今一度宣言しましょうか!この究極の叡智を以てこの黒鉄の機体を神座とし……神無き世界を実現させてみせましょう!」
その瞬間、轟音と共に操縦席の扉が閉まった。ヤルダバオトの目が赤い光を放ち、同時に凄まじい魔力も放っている。
「くっ……!」
「まだ奥の手があったなんて……もうひと頑張りだね」
4人は一斉に戦闘態勢に入る。そして、実験場全体にエコーのかかった声が響く。
「さぁ、アナタ達の全てを以て!ワタシを否定してみせなさい!」
それが、開戦の合図だった。




