第178話 Q.E.D!
「……さて、お待たせ致しました。正解発表をしましょうか」
やっと銃の手入れを終わらせたアノイトスは、ようやく話を再開する気になったようだ。
「結論から言えば、ワタシは神を人間以下の無価値な存在と捉えています」
その発言に神であるクオンや、神の亜種である幻とリーヴは反射的に肩を跳ねさせる。まるで先生に怒られた時の生徒のように。
「それは何故か?例えば……アースは他の星とほとんど交流しない閉鎖的な星ですが、神の扱いはアースも他の星も大差ありません。どこも一様に、神を崇め奉るような文化があります。皆さんも見聞きした覚えはあるでしょう?」
再び、リーヴ達は無言で頷く。各々想起する場面はあったが、旅団組が想像しているのは主に凶月教だった。
「ではお聞きします。アナタ方は、神が人々の崇敬の対象として、信徒を救済した場面を目撃した事がありますか?または、神の神足り得る威光を目の当たりにした事がありますか?」
リーヴは思考を巡らせた。凶月教の信者は、それぞれの倫理観はさておき、本心から真月を崇拝していた。しかし数多の儀式の果てに呼び出された真月は、彼らの献身に何の見返りも与える事無く信者達を皆殺しにした。と言っても彼女らが見たのはその虐殺のほんの一部であり、実際に皆殺しにされた事を知っている訳ではないが。
「……」
やがて、リーヴは『ふるふる』と小さく首を横に振った。
「そうでしょう。奴らは神だの何だのと名乗り、尊大な態度で振る舞い、他者の崇敬や献身を一身に集めておきながら、ただの一度も人間達に報いた事はないのです」
その時、幻が小さく手を挙げた。
「確かにその通りかもしれないけれど……全ての神がそうとは言えないわ。それに……それはあなたが神を見下す理由にはならないでしょう?」
「ええ、確かに。今の話はただの序論であり、本論ではありません」
一呼吸の後、アノイトスは再び話を始める。
「では、ワタシがした1つ目の問いに戻りましょう。今度は少し聞き方を変えて。アナタ方は人間に人間を、星を、世界を救えると思いますか?」
今度の問いは比較的簡単だった。何故なら、リーヴは色々な星や夢の世界などを救ってきているからである。無論リーヴは人間ではないが、その当時主に活躍したのは人間であるセラ達だった為、そこには目を瞑って自信ありげに頷く。
「そうですか……では、神には?」
再び、リーヴは頷いた。これに関しては経験ではなく、単純な価値観から来る即答だった。『神は人間より優れている』という、先入観に近い物からだ。
「……理論の上ではそうでしょう。それではメインの質問です。アナタは神が、自身の力のみで何かを救った場面を見た事がありますか?」
今度は答えられなかった。というか、そもそもリーヴ達はこういった哲学に近しい問いに答えられる程の人生経験を持ち合わせていない。それが出来るのはクオンか幻、ギリギリ流離くらいだろう。
「ワタシはこう見えても、1000年以上の時を生きてきた身です。その長い長い時の中で、ワタシは神が何かを救った場面を見た事がありません。日頃から万能の上位存在として崇められている存在が、です。対して、ワタシはワタシの知識や技術を以て、様々な物を救ってきました。人、国、星……中には神によって齎された危機を救った事さえありました。先に言っておきますが、ワタシは寿命が無い事を除けばただの人間です。ただの人間にさえ出来る事を、奴らはしない、もしくは出来ないのです。これでもまだ……神を人間と対等以上の存在と言えますか?」
アノイトスは気分が高揚してきているのか、途中から両手を広げて熱心な政治家の演説のような話し方をしていた。そして彼は話が長かった。セラやリーヴ辺りはもう脳がショート寸前だったが、何とか正気を保ってアノイトスに反論してみる。
「で、でも……神だって生き物なんだよ?価値が無いとか、そんな……ひどいよ」
「今は倫理の話をしているのではありません。神という1つの種族に価値があるか否か……その話をしています。そしてワタシの結論は『否』です。証拠は先程述べました。さぁ、アナタは反証を出せますか?」
「……」
やはりリーヴには何も言えなかった。よくよく考えればまだ反論の余地がありそうではあるが、それは我々外野の意見でしかない。当事者からすればそうも行かないのだろう。
「……結論は定まったようですね。Q.E.D!証明完了。神は世界に不要です」
あっちこっちをうろうろしながら弁舌していたアノイトスは、遂に指を『パチン』と鳴らしてもう一度結論を述べた。
するとその瞬間、先程まで何の変哲も無い執務室だった部屋が変形し始めた。壁や床は無機質な灰色になり、窓は厚そうなシャッターで遮られた。瞬く間に執務室は戦闘場のように変容し、その奥ではアノイトスが銃を構えている。
「どうしてもワタシに協力を頼みたいと言うのなら……せめて証明してみせなさい。アナタ方は、ワタシが手を組む価値のある存在だと。そして神種の方々は……アナタ方の神たる権能を、神たる威光をワタシに示してみせなさい!」
すると、遠くの方から徐々に聞き覚えのある足音が聞こえてきた。
「これは……ネメシスの足音?」
「かなりの大群だな……俺と幻で対応する!お前達の交戦は邪魔させない!」
「分かった。任せるね」
流離はドアを蹴破って出て行き、幻もその後に続いた。2人が出て行った直後にそのドアも閉じられ、リーヴ達4人はアノイトスと戦う以外に道が無くなった。4人がアノイトスに向き直った時、彼は天を仰ぎながら小さく呟いていた。
「ラヴノル ア・カカ ラニ・パリ・テラウ ヴァムコウ」
と。




