第176話 やけにあっさり
豆知識
アルシェンは送魂士ですが、送魂士自体はサンサーラのところ以外にも様々な星に居ます
無論、両手で数えて余る程度の数ですが
またもや時は少し遡り、流離とルヴニールが交戦している頃。リーヴ、セラ、アルシェンの3人は、追手も居ない中ゆっくりと階段を登っていた。警備員はほぼ全員流離と幻を追っていたので、リーヴ達には手が回らなかったようだ。
「静かだね……あたし達、一応侵入者なのに」
「正面の入り口に居た警備員のほとんどは、リーちゃんが無力化してくれましたからね」
「ふふん。わたしのおかげ。もっとほめてもいいよ」
「よーしよしよし……いい子ですね〜」
アルシェンは階段を登りながらリーヴの頭を撫でている。リーヴは頭を撫でられるのが好きなので、彼女にとっては良いご褒美なのだ。警戒の為に戦闘を歩くセラはその様子を微笑みながら見ていたが、少ししてから誰かの気配を察知した。
「……待って2人共。この先の階、誰かいる」
階段はここで途切れており、更に上階を目指すには別の階段を探さねばならない。それにはその『誰かいる』フロアを徘徊する事が不可避である。追手が居ないとはいえ、3人は警備員などに全く遭遇しなかった訳ではない。相手をした回数こそ多くないものの、W.C.Pの警備システムは人間も機械も最高峰だった事はよく覚えている。その為、なるべく誰にも見つからないように行動したかった。
「どうしましょう……リーちゃん、あの領域は使えますか?」
「ごめん、無理。できなくはないけど、使ったらわたしはもう動けなくなる」
「うーん……極力荒っぽい手は使いたくないし……」
セラは踊り場の壁から顔を覗かせる。フロアの奥には大きなエレベーターが見え、その前にはカルテを抱えた桃髪の少女が立っている。
「あの子が……警備員?」
「なんかこう……よわそう、だね」
「侮ってはだめですよ。見るからに重要そうなエレベーターですし、そんな物がある階の警備を1人で請け負っているなら……かなりの実力者かもしれません」
「確かに……位置的にあの子にバレないように行くのは無理そうだし、ダメ元で話しかけてみる?」
「そうしよ。なにかあったら、最悪にげればいい」
そして、3人は堂々と踊り場の扉を開けて少女の前まで歩いていった。
「ね。あなたは、ここの警備員の人?」
リーヴがそう話しかけると、少女もリーヴ達に気づいたのか、髪を弄っていた手を下ろして身体の向きを変えた。
「あなた達は……ここの社員じゃないわよね」
少女は見た目相応の若々しい声で応答する。
「こんにちは。私は『レタリア』。W.C.Pの総監、アノイトス先生の秘書……見習いです」
レタリアは最後の方、少し恥ずかしそうに付け加えた。
「見習いなんだ」
「まだ学生なので……」
今まで遭遇した警備員達とは違って、彼女はどこか親しみやすい雰囲気を纏っていた。
「あなた達はここにどんな用事で……って。よく見たらあなた達、その顔……さっき通達された侵入者じゃないですか!」
「あ、今気づいたんだ」
「あまりにも普通に話しかけてくるから訪問客か何かだと思ったんです!」
そしてレタリアは、ポケットから取り出したボタンを力強く押し込んだ。すると、リーヴ達の周囲には何か機械的な大量の足音が響き始めた。
「これは……!」
「せんせ……こほん。総監の指示です。私にもネメシスの指揮権限が部分的に与えられていますので」
「ネメシス?」
「今に分かりますよ」
レタリアは怪しげに、かつどこか自信無さげに微笑んでいる。程なくして、複数あるフロアの入り口から大量の人型兵器が現れた。これがレタリアの言う『ネメシス』なのだろう。
「さぁネメシス!侵入者を殲滅しなさい!」
レタリアは腕を前に突き出し、一人前の指揮官のように勇ましく号令をかけた。
「2人共下がって!」
幸い、ここには充分な照明がある。セラは極光の力を解放してネメシスの大群に突撃し、その全てを瞬く間に破壊した。
「……あれ。これで……終わり?」
第2の群勢が来る事を想定していたセラは、予想に反するフロアの静かさに拍子抜けしてしまう。ふとレタリアに目をやると、誰が見ても分かる程に動揺していた。言葉を発さないまま口をパクパクさせており、一応敵とは言えども心配になったので、セラはそっと声をかけてみる。
「あ、あの……」
セラは既に変身を解いているのでそこまでの威圧感は無かった筈だが、それでもレタリアは話しかけられた瞬間……
「ひゃああああああああっ!!ごめんなさい!ごめんなさいっ!!殺さないでくださいぃぃ!!」
持っていたカルテで必死に頭を守りながら、地面に蹲ってしまった。
「えっ?い、いや、あたしは殺す気なんて……」
心外な反応をされてしまい、セラも段々おろおろし始める。
「ま"だ死"に''た"く"な"い"です"ぅぅぅぅ!」
天を仰ぎ、ギャグ漫画のような量の涙を溢しながら濁音塗れの懇願を叫んでいる。流石にリーヴ達も罪悪感を感じ、3人揃ってレタリアを宥め始めた。
「な、泣かないで。わたし達、ほんとに、あ、あなたに何かするつもりじゃない、から」
「大丈夫です、大丈夫ですから!約束します。わたし達は何もしませんから!」
そうして泣き喚くレタリアを慰め続けて10分程経った頃、ようやくレタリアの感情は落ち着いたようだ。無理もない。先程自分で言っていたが、まだ彼女は学生なのだから。その年齢で死ぬ覚悟など出来ている訳が無いのである。
「あり……がとうございます。すみません、見苦しい姿を……」
レタリアはカーペットの敷いてある床にちょこんと座ったまま、目線を合わせてくれているリーヴ達に頭を下げた。
「侵入者って聞いてたので、悪い人達だと思ってたんですけど……違ったみたいですね」
「うん。わたし達はね……」
リーヴは自分達がここに来た経緯を簡潔に話した。
「六芒星……私も、少しだけ聞いた事がありますが……そんなに危ない組織だったんですか」
「聞いた事、あるんだ」
「はい……実は私、元々他の星で孤児になっていたところをアノイトス先生という方に拾われた身なんですが、先生の口から時折聞いた事が」
「アノイトス……途中で会った警備員さんも、そんな事を言ってましたね」
「やっぱり、六芒星の事はアノイトスって人に聞くのがいいのかな」
「だと思います。私には同僚と呼べる仲の人が数人居るんですが、その誰からも六芒星というワードは聞いた事が無いので」
そしてレタリアは、再びゴソゴソとポケットを漁り始めた。
「これをどうぞ。後ろのエレベーターの内部で使えば、アノイトス先生のところまで行けます」
クオンや流離が出会った、セイジェルとルヴニールとは違って、やけにあっさりとカードキーを渡してくれた。
「いいの?簡単に渡しちゃって」
「はい。本来なら殺せた筈の私を殺さなかったどころか、涙を止める為に力を尽くしてくれた……そんなあなた達がする事なら、きっと正しい事なんだって信じられるんです。先生と六芒星の関係性も気になりますし、どうぞ行ってきてください」
レタリアは決然とした目でリーヴ達を見つめている。
「……わかった。ありがとね、レタリア」
「はい。お気をつけて」
そして3人はレタリアに見送られながら、エレベーターへと乗り込んだ。
「遂に……対面するんだね」
「協力、してくれるかな」
「だと良いんですが……」
3人の胸の内には、緊張と高揚という2つの感情が渦巻いていた。
キャラクタープロフィール
【桃色の献身】レタリア
種族 人間
所属 W.C.P
好きなもの 勉強 人助け
嫌いなもの セロリ
異能 なし
概要
話からも分かる通り、アノイトスに引き取られた孤児。フルネームは「レタリア=ノーレッジ」で、自身を幼い頃から育ててくれたアノイトスを慕っている。こう見えて年齢は今年で20歳であり、年齢が近いルヴニールとは気が合うらしい。ちなみにルヴニールは23歳。また、アノイトスが経営している大学の生徒でもある。得意科目は神種学、医学。苦手科目は物理。




