第174話 死とは
リーちゃん達まだ階段登ってんのおもろいっすね
前腕部に埋め込んだ刃という風変わりな武器を扱うルヴニール。見慣れない武器相手に苦戦するかと思われたが、流離の想定よりも戦況は安定していた。
「その剣術……我流だね?特定の型らしい何かが見えない」
「だからどうした」
「別に。どうもしないさ」
ただ、ルヴニールは少しでも油断すると流離の背後に居る幻を狙ってくる。幻の武器は弓である為、室内では上手く立ち回る事が出来ない。流離に迷惑をかけないように逃げ回る事に専念しているが、恐らくルヴニールが本気で幻を狙えば追いつかれてはしまうだろう。
「流離!私の事は気にしないで!自衛は出来るから!」
「ほう……なら確かめさせてもらおうか」
ルヴニールは流離の刀を弾き、左手首からワイヤーを射出して幻との距離を一気に詰めようとする。しかし流離が見逃す訳もなく、ワイヤーを素手で引きちぎって幻を守る。
「どこの蜘蛛男だお前は」
言うほど似てるか?
「あのワイヤーを素手で……フフッ。良いね。ますます解剖したくなってきた」
変わりない不気味な笑いを溢すルヴニールを見た後、流離は今一度斬りかかる。2人が斬り合う中、流離は静かにルヴニールに問いかけた。
「……1つ聞きたいんだが」
「何だね?」
「人体を解剖する事のどこが他者の理解に繋がる?そんな事せずとも、対話なり何なり手段はあるだろうに」
流離は単純にルヴニールの思考が理解出来なかったのだろう。他に何の意味もなく、ただ気になったから聞いてみただけだった。しかし、流離の台詞を聞いた一瞬だけ、ルヴニールの目が伏せられた。そしてまた普段の目つきに戻り、流離にだけ聞こえる声で言った。
「……私にはもう、これしか無いのだよ」
ルヴニールは流離の刀を弾き、一度距離を取った。
「流離、大丈夫?もし無理なら私が……」
「いい。お前は戦闘が苦手だろう、黙って見ていろ」
「そう……分かったわ」
幻が再び後衛に下がった時、ルヴニールは聞こえよがしに大きな溜め息を吐いた。
「やれやれ……ここまで始末に時間をかけたのは久しぶりだ。おかげ……『あの技』を使わざるを得ないじゃないか」
「あの技?奥の手でもあるのか」
「ああ。だが……はっきり言って私はこれが嫌いだ。酷く疲れるからね……」
そう言うとルヴニールは一旦腕刃を収納し、敵前にも関わらず目を閉じて深呼吸を始めた。
「ハァ……至極億劫だ」
そしてゆっくりと目を開けたルヴニールは、まず眼球が異常だった。『充血』とかそういう次元ではない程に目が赤く染まっており、そのせいか目元のクマが消えている。髪も心なしか浮いていて、白衣の隙間から見える腕などの皮膚には血管が浮き出ている。
「何だそれは」
「うん。インフォームド・コンセントに則り、患者に説明してあげようか。この形態は言うなれば『人体を超越した』形態さ。一説によれば、普段の人間は身体を守る為、行使する力に制御をかけているらしい。しかし私なら?再生能力を持つ私ならば、『身体を守る為』なんか気にする必要がない。そうして至った形態だよ」
「……なるほどな」
その説明を聞いて尚、流離の表情に動揺は見られない。全力時に姿が変わる相手など幾度となく相手にしてきた。しかも相手は所詮人間、恐るるに足らない……大方そんな考えだったのだろう。
「侮ってはいけないよ。人間だって中々やれるのだから」
そしてルヴニールは姿を消した。その後流離の背後に瞬間移動したかのように見えた次の瞬間、流離の胴体にX型の斬撃痕がついた。姿を消す前は出していなかった筈の腕刃が、いつの間にやらルヴニールの両腕に現れている。
「ぐっ……」
「驚いたかい?この姿は長く維持するのが難しいんだ……さっさと片付けさせてもらうよ」
流離も不死が故、この程度で戦闘不能にはならない。振り返ってルヴニールを探すが、もうそこに彼は居ない。
「刃物は側面からの力に弱い。まずはその物騒な物を破壊させてもらおうか」
再び背後に回ったルヴニールが、腕刃を振り下ろして流離の刀を側面から破壊しようとする。しかし流離とて、百戦錬磨の強者だ。腕刃が刀に触れた瞬間に刀から手を離し、武器が破壊されるのを防いだ。
(武器を手放した……?剣士が素手で何をする気だ?)
ルヴニールが戸惑っていたのはコンマ数秒。次の思考が始まるより前に、流離はルヴニールの周囲に血の斬撃を発生させた。この程度の痛みには慣れているのか声は出さなかったが、ルヴニールは明らかに動揺している。
「……どういう事だね?何故刀も無しに斬撃が……」
「何も異能が身体強化のみだという訳ではない。まあ俺のそれは……奴から貰った物だがな」
「奴……?」
「そんな事はいい。それより……」
流離は刀を拾って構え直す。
「さっさと片付けるんじゃなかったか?」
「……フッ」
それから始まったのは、不死者同士の壮絶な斬り合いだった。ここで1つ考えてみてほしいのは、流離が再生能力を持っているのではなく、あくまでも『不死』であるだけという事だ。腕を飛ばされてはすぐさま自分の首を切って再生させ、内臓を刺されれば傷口を広げて再生させ……彼が傷を治して戦線に復帰したければ、一度死ぬしか方法は無いのである。
しばらくして、徐々にルヴニールの顔には疲労の色が見えてきた。流離が傷をつけた場所以外からも、皮膚が裂けて血が噴き出ている。身体を無理矢理強化した代償だろうか。
(そろそろ私の身体は限界だ……ここで勝負を決めるとしよう。後ろの白髪は後回しだ。この護衛役のような剣士さえ消せればどうとでもなる……!)
ルヴニールは流離の胴体を踏み台にして、一度後ろに飛び退く。そしてすぐさま左手首からワイヤーを射出し、流離の腹部に突き刺す。
(チッ……腹を刺されるのはまずいと言うのに)
流離もルヴニールも、再生は出来てもダメージ自体はそのままなのである。特に『傷を負った』事や傷の痛みから来る精神的ダメージは、いくら2人の能力であろうが癒せない。
「安心したまえ……君の死体も無駄にはしない!」
ルヴニールはワイヤーを使って一瞬で距離を詰め、左の腕刃で流離の肉体を突き刺す。
「これしき……!」
「知っているかい?不死系の能力者は往々にして、心臓が破壊されれば死ぬんだ」
そしてもう片方の腕刃を大きく振りかぶり、流離の胴体を真っ二つにぶった斬った……かのように思えた。
「……!?」
突然ルヴニールの膝に痛みが走り、姿勢が崩れて狙いが外れた。周囲を見ると、何やら不穏な赤い霧が立ち込めてきている。
「終わりだな」
その隙に流離は両方の腕刃を破壊し、よろけたルヴニールの胴体を全力で袈裟斬りにした。一応心臓部は避けて。赤い血が飛沫のように舞い散る中、流離はある種の師とも呼べる人物に向かって、心の中で言葉を送っていた。
(これでいいのだろう?クオン。お前の言う通りに『命を尊重』して……殺さない判断を取ったんだ。文句は言わせないぞ)
流離は刀を納め、仰向けに倒れたルヴニールを見つめていた。
「……死んでないだろうな」
「平気よ。ただ気絶してるだけ……どうやら過去の夢を見ているようね」
「そうか」
「何はともあれ、お疲れ様。ありがとう」
「いつも通りだ。礼は要らん」
それから2人は休憩も兼ねて、ルヴニールの周りに座り込んだ。
今回出て来た技(と特殊状態)
ルヴニール
・超越状態
→脳や身体のリミッターを外し、100%以上の力を出せるようにした形態。ルヴニールの奥の手であり、仮に常人が同じ事をすれば3秒と経たずに死亡する。が、ルヴニールは異能で無理矢理耐えている。
・大屠殺
→ルヴニールの大技。手首から射出したワイヤーで対象を固定した後に左刃で突き刺し、その後大きく振り被った右刃でぶった斬る
流離
・紅霧
→血から作った霧を発生させる。吸ったり肌にある程度触れたりすると壊血病になる。ちなみに流離の本名である「スカーヴ」の由来は壊血病の英名か何かである




