第171話 弔鐘が響き、死蝶は舞う
穏やかな性格が災いしてか敵であっても本気を出せないクオンに代わって、デスが戦闘する事になった。セイジェルから見ればクオンが独り言を言った後、急に変身したのだから多少は驚くかと思われたが、セイジェルは依然として笑みを崩さない。
「まずは小手調べだね」
デスは右手に持ったランプを揺らし、普段通りに死蝶を召喚する。
(ぱっと見ただの虫だけど……そう侮っちゃいけない相手だね。気配で分かる……彼女、少なくとも神だ)
セイジェルは心の中で舌打ちし、小さく呟く。
「全くあのガキ、面倒な仕事を回してくれたものね」
「残念だけど、アナタの言う『ガキ』に言う文句を考える暇は無いよ」
セイジェルは足元にチクリとした痛みを覚えた。見ると、不気味な赤色の蝶が1匹、自分の足首に止まっていた。しかしセイジェルは顔色を変えず、死蝶を振り払う事もしないままデスの方を向く。
「これがあなたの能力?」
(おかしいな……彼女の魔力はもう結構吸ってると思うんだけど)
デスは数秒の思考の後、1つの結論に辿り着いた。
「……ああ、そういう事。アナタ……魔力の量が尋常じゃないんだね」
「大正解♪。さっき会話聞いてたかもだけど、私は『知恵』の眷属だもの。知恵は魔力の扱いが概念種の中でも群を抜いて上手かったんだから、当然でしょ?」
「知恵……ウィズダムの事だね」
「あら、知ってるの?」
「……」
デスはその問いには答えなかった。しかしその表情からして、何か彼女の中に思う事があるのは確実であった。先程クオンが感じた『懐かしさ』といい、デスとウィズダムはどういった関係だったのだろうか。
「さて、お喋りはおしまい。眠くなってきたし、そろそろ私は本気出すよ」
「……じゃあアタシも」
セイジェルは周囲に大量のプリズム結晶を出現させ、対するデスは死蝶から魔力を吸収して武器を鎌に持ち替える。
「「……いくよ」」
奇しくも重なった掛け声の後、まずはセイジェルが大量の結晶から光線を斉射した。どれもプリズムのような光沢を放っており、それが薄暗いこの戦場ではより一層美しく見え、傍目から見れば流星群のようだった。一方デスはその光線の流星群から逃げるように飛び回り、隙を見ては死蝶を放ってセイジェルの結晶を破壊していく。デス自身の纏う魔力の色合いのせいか、それはさながら赤い彗星のようだった。
(……もう結晶がかなり減ってる。それはまた生み出せばいいけど、作ったところでどうせ壊されるし……一旦仕切り直しね)
セイジェルは結晶が残り5つ程度になった時、残存する結晶を全て魔力に変換した。突然止んだ弾幕に気づいて、デスは半分反射で足を止める。
(止まった……好都合!これなら『アレ』をやれる……!あのガキから室内ではやるなって言われてるけど、どうせ修繕費はあいつ持ち……!)
デスの位置を確認したセイジェルはニヤリと微笑み、持てる全ての魔力を集めて巨大なプリズム結晶を創り出し、その先端から凄まじい光芒を放った。知恵の眷属が全力で放った魔法はあまりに強力で、デスの全身どころかこの建物の1階を包み込める程の大きさであった。
勝利を確信して悦に浸りかけたセイジェルだったが、光芒がデスに直撃する間際に奇妙な物を見た。視界の端に、あの死蝶がひらひらと舞っていたのだ。
(あの子の蝶……?さっきの吸収の時に取り残されたのかしら)
セイジェルはその死蝶に対しては特に何もしなかった。否、厳密には出来なかったのだ。デスが隙を晒したものだから、デスを排除しなければならないセイジェルとしてはそこを突かない訳にはいかなかった。だから思わず全力を使ってしまったのだ。それが、デスの計略であるとも知らずに。
刹那、形容し難い不協和音が響いた。先程までデスが居た位置には、血のような色の残光が見えた。セイジェルは背後に気配を感じた。ここに警備員など居る筈がない。とすれば誰だ。他には居ないだろう。死蝶を座標代わりにして、セイジェルの背後に瞬間移動してきたデスである。
「ごめんねクオン。約束守れないかも」
「このっ……!」
セイジェルが振り向くより先に、デスの渾身の一振りが炸裂した。その鎌刃はセイジェルの身体を真っ二つに……斬り裂いた訳ではなかった。セイジェルのバリアが寸前で間に合ったのと、鎌を振り抜いた瞬間にデスとクオンが交代したのが原因で、奇跡的にセイジェルは助かった。しかし、セイジェルのバリアは周囲が静寂に包まれた途端に朽ちて崩れ去った。それが死の権能による物なのだという事は、セイジェルも分かっていた。だからこそ彼女は結論を出し、一言こう呟いた。
「……負けたわ」
「あの……お怪我はありませんか?すみません、あの子……どうしても手加減が苦手で」
「気にしなくていいのよ。戦いじゃない」
そして、セイジェルは疲労をこれでもかとアピールするように、地面に寝転がった。
「ああ疲れた。今月は何クレジット減給されるのかしらね……」
濁点の混じった溜め息を吐くと、セイジェルは何か聞きたい事が思いついたようだ。
「……ねえ、あなた」
「は、はい」
「あなたは……あなた達は何が目的でここに来たの?」
そういえば言ってなかったな。と、クオンは思った。
「えっと……話せば少し長くなってしまうのですが」
クオンは自分達がここに来た理由を簡潔に説明した。六芒星という組織の事。友人達を襲った機兵の事。そして六芒星の野望阻止の協力者と、その機兵達の頭である人間を求めてW.C.P本社へやってきた事を。
「ふぅん。そういう人間なら居るよ」
「本当ですか?その……教えていただけないでしょうか?」
「教えるも何も、さっき私が無線で話してた『総監』だよ。名前はアノイトス。聞いた事ない?」
(先程会った警備員さま達から聞いた名前……やはりというか、ここの総監が六芒星の幹部だったのですか)
思案するクオンを見つめて、セイジェルは言葉を投げかける。
「……そういう事なら私からもお願いするよ。あのガキと……アノイトスと話をしてみてほしい」
「話を?」
「うん。私とアノイトスは結構昔からの知り合いなんだけど、その時からずっと変な目的の為に動いてるんだ。『神無き世界の為に』って」
先程聞いたように、セイジェルは知恵の眷属だ。眷属は神種同様に寿命が無いので、2人は中々に長い付き合いなのだろう。その事実から、クオンはある1つの情報を読み取った。
(という事は総監さまの……アノイトスさまの『神無き世界』という思想は、六芒星に影響されたとは限らないのですか)
無論、クオンは六芒星がいつ出来た組織なのかは知らないし、セイジェルが何年生きたのかも知らない。あくまでもそういった仮説があるというだけだが、これで少しだけアノイトスが六芒星の野望阻止に協力してくれる可能性が高まった。
「私は違うけど、アノイトスに救われた人は結構居る。このW.C.P内にもね。だからこそ皆気にしてるんだ、恩人であるアノイトスが日頃何をしてるのか……聞いても絶対答えてくれないんだけどね」
「なるほど……分かりました。可能かは分かりませんが、対話を試みてみましょう」
「ありがとう。実はちょっとだけ私も気になってたから。奥にエレベーターが見えるでしょ?そこからアノイトスの部屋に行けるよ」
そう言って、セイジェルはポケットからカードキーのような物を投げて来た。
「これ、使っていいよ。私はこれでも結構偉い方だから、セキュリティにも引っかからない筈」
「あ……ありがとう、ございます」
先程まで戦っていた相手に突然親切にされて、クオンは少し調子が狂ってしまった。だが、折角厚意を受けたのだ。使わない手はない。
「では、さようなら」
「うん。あのガキの事、頼んだよ」
クオンは半透明の壁に囲まれたエレベーターに乗って、上階を目指し始めた。
今回出て来た技
セイジェル
・プリズムギャラクシー
→セイジェルの大技。結晶いっぱい出してからの斉射。ぶっちゃけただ通常攻撃を乱発してるだけだが、セイジェルの魔力量だからこそこの技が強い。




