第168話 命無き者よ、死を知り給え
リーヴ達が正面の入り口を突破した頃、クオン、流離、幻の3人は他の侵入口を探していた。
「ねぇ流離。入り口の当てはあるの?」
「無い。だから探しているんだろう」
「裏口から入るのはいかがでしょうか。まぁ、あるかは分かりませんが」
「俺も何となくそう考えていた。だが、もう建物の裏側辺りまで来たというのに、入り口らしき物は見当たらないな」
クオンと幻より1歩先を歩いている流離からは一切の足音がしない。前々から仄めかしていたように、彼は『そういう』生き方をしてきた人間なのだ。クオンはそれを密かに再確認していた。
「……今回の相手は手強いと思うか?」
唐突に流離が言った。
「さぁ……技術力や兵力があるのは推察出来ますし、簡単な相手では無いと思いますが」
「そうか……なら、もしかしたらこいつらが俺の死となれるかもしれないな」
「……」
クオンはどう返せば良いのか分からず、少し俯いて黙ってしまう。流離に言いたい事があるのは確かなのだが。流離の希死念慮も相変わらずのようだ。
「お……それらしい物があったぞ。マークを見るに非常口のようだな」
そんなクオンの気持ちも知らず、流離は日陰にあった緑色のドアに手をかける。非常口という事もあってか警備員は居らず、想像よりもすんなり入る事が出来た。
裏の方から入ったが故か、内部は薄暗かった。ところどころに観葉植物が置いてあり、大理石の床が仄かに光沢を放っている。
「中は……静まり返っているな」
「先程微かに警報のような音が聞こえましたし、もしかしたら皆さんはそちらへ向かわれたのかもしれません」
「何にせよ好都合じゃない。行きましょう」
その時、少し遠くの通路から2人の警備員が何かを話しながら歩いて来た。
「やっぱり警報が鳴った時はトイレに籠るに限るよなぁ」
「全くだ。ここに侵入するような奴、絶対まともじゃないからな。そんな奴を相手取るなんて御免だぜ」
どうやらこの2人は仕事をサボっていたようだ。
「ん……?おい、あそこに居る奴ら」
「なっ……W.C.Pの奴じゃない!侵入者だ!」
流離達に気づいた2人の警備員は、武器も持たずに駆け寄って来る。
「下がれ、俺がやる」
流離は左手の親指で刀の鍔を浮かせて抜刀の用意をするが、その刀が抜かれる事はなかった。2人の警備員は見事なまでに流麗なスライディング土下座を繰り出し、丁度流離の正面にその身体を投げ出した。
「……何だ?」
「お願いします!この事……僕達が仕事をサボっていた事は黙っていてください!あなた達の事は見逃しますので!」
「俺からもお願いします!もしこれがあの人に……『アノイトス』総監にバレたらどれだけの減給を食らうか……!」
2人は取引を持ちかけてきた。別に自分達にデメリットは無いが、クオンはそれを受け入れる前に質問をしようと思った。
「アノイトスという方は……ここの取締役なのですか?」
「はい!このW.C.Pの社長にして、W.C.P傘下の学院にて様々な学問を教えられている方でもあります!」
「最近は何かよく分からない事に没頭していて、現場に来る事は無いのですが……そう高を括って痛い目を見るのは嫌ですから」
ならサボらなければ良いのに。クオンも幻もそう思ったという。
「何かよく分からない事……というのは?」
「それは……知りません。でも、この前用があって総監の部屋に入った時、総監は独り言みたいに『神無き世界を……』と言っていました。嘘じゃありません」
(神無き世界……六芒星の幹部がW.C.Pに居るならば、そのアノイトスという方でしょうね)
クオンは疑問を解消し、再び目線を警備員達に戻す。
「ありがとうございます。気になっていた事は解決出来ました」
「もう良いのか?なら行っていいぞ、お前達」
流離は目線で指示を出した。警備員達はペコペコしながら立ち去ろうとしたが、彼らが視界から消える間際、クオンはある事を感知した。
「……いえ、やっぱりお待ちください」
「はい?」
「……嘘をついていますね」
クオンは瞬く間に2人の背後に移動し、紫色の波動を放って彼らを昏倒させた。一応殺さないように手加減はしたので、彼らの命に別条は無いだろう。
「クオン、いきなりどうしたの?」
「あの方達の魂に嘘の色を検知しました。恐らく、この後報告に行く予定だったと思われます」
「なら奴らの話も嘘だったという事か?」
「いえ、先程の話は全て真実かと。あの時は嘘の色が検知されなかったので」
「そうか。なら進もう」
流離と幻が歩を進めたが、クオンは足を動かさなかった。
「今度はどうした?」
「……追手です。ここは私にお任せください。お2人は先へ」
「あなた1人で平気なの?私も居た方が……」
その時、遠くから徐々に機械音のような物が聞こえて来た。恐らくW.C.Pが保有する防衛用の兵器か何かだろう。
「幻さんの権能は夢……無生物相手には分が悪いと思われます」
「確かにそうね……でも、それはあなたも同じなんじゃ?」
「……命は全ての物にあるとは限りません。ですが死と夜は、命無き存在にも平等に降りかかります」
「……そう。なら任せたわよ、クオン」
「はい。お気をつけて。それと、流離さん」
「何だ」
クオンは紫色の大鎌を構え、流離の方を向かないまま話を続ける。
「先程は言えませんでしたが、良い機会と思いましたので言わせてください」
クオンは軽く息を吐いて、流離へ告げる。
「自他問わず……命を軽く扱いませんよう」
「……ああ、心に留めておく」
流離は目を閉じながらそう呟き、幻と共に先へ進んだ。一方残ったクオンは、これから始まる戦いに向けて集中を高めていた。
ひっさしぶりにクオンちゃんメインの戦闘ですね




